一方、受け入れ側である同クリニックに医師やスタッフの増員はなく、「以前は30分ほどだった患者さん一人当たりの一回の診療時間は、末期がんの新患が増えたことで倍以上になっている。昼休憩を削ったり、診療時間を延長したりして対応しているが、もはやギリギリ」(院長)という。
末期がんであることすら告知されずに退院させられた患者
もちろん、自宅で死を迎えること自体は、悪いことではない。むしろ、1970年代までは、病院死よりも自宅死のほうが多かったのだ。末期がん患者に重要な緩和ケアについても、「日中の診療時に麻薬や鎮痛剤をある程度まとめて処方し、不測の事態には急患として対応することで、在宅でも可能」(院長)という。
ただ、本人も家族も準備ができていない状態での“追い出し”は、患者やその家族もまた、大きな負担を背負わせることになる。
「コロナ禍に受け入れた末期がんの新患のなかには、余命が短いにもかかわらず、患者さん本人も家族も全く聞かされていないことや、末期がんであることすら告知されずに退院させられた患者さんも少なくない。告知されていたとしても、死の数か月くらい前までは、自分の身の回りのことは自分でできるので、家族も『これならうちで看られる』と思ってしまう。しかし、急激に弱り始めるのが死の1か月ほどまえから。歩けなくなり、ベッドから起き上がれなくなり、せん妄や痛みも著しくなっていく。そうした患者さんに家族として付き添うことは覚悟がいることですが、コロナ禍ではそうなる可能性があることを十分に説明されずに退院してくる場合がほとんどです」(前出・院長)
なかには想定を超える在宅介護の過酷さに、SOSを発信する家族もいるというが、「退院したが最後、予想以上の負担に耐えかねて、再入院を望んでもほぼ受け入れてもらえない。私が知るだけでも、退院翌日に同じ病院に再入院を申し入れたものの断られたという患者さんが複数います」と院長。さらに「SOSを発信できる人はまだマシ。情に訴えられる形での退院勧告を受け入れたご家族の多くは、家族愛や責任感が強い人たち。在宅での介護に体力的にも精神的にも限界を感じていても、抱え込んでしまうご家族も多い」という。
医療崩壊を防ぐための病床確保は喫緊の課題だが、そのしわ寄せによる家族崩壊はあってはならない。