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スワローズ交流戦3年ぶり優勝のカギを握るのは、塩見泰隆と嶋基宏だ

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/06/02

 みなさん、こんにちは。東京ヤクルトスワローズ広報の三輪正義です。前回の登板でもみなさんの後押しがあって勝利することができました。ありがとうございました。

 そのなかで、現在、強豪軟式野球クラブチームの監督として活躍する今浪隆博が「三輪さんにしてはまあまあなのでHITボタンは600回押しときました!笑」とリツイートしてくれたおかげで、グッとHIT数が伸びるという「嬉しい誤算」がありました。軟式野球界を経てNPB入り、2003年静岡わかふじ国体・軟式野球(一般B)元山口県代表選手の僕からお礼を言います。

 先日、わが社の広報部会で広報各自の業務の成果を報告する場がありました。僕は「1888HIT」を記録した前回の文春野球の記事をプリントアウトして、会社の偉い人たちにも配ると、反応は上々。さらなるHITを目指して、みなさんの応燕をお願いします。

最初のカード勝ち越しは「吉兆」

「日本生命セ・パ交流戦2018」最高勝率のトロフィーを前に ©三輪正義

 さて、2年ぶりの交流戦が始まりました。最初のカードの日本ハム戦は勝ち越し、次のカードのオリックスには負け越しましたが、記録をひも解くと、スワローズが最初のカードを勝ち越した年は過去3度あり、そのうち2年は交流戦2位('06年)、1位('18年)のデータがあるそう。交流戦は「鬼門」の印象のあるスワローズですが、今年は間違いなく「吉兆」の年です。

 現役時代、交流戦はDHが使えることもあってか、僕の指折り数えるほどのスタメン出場数のなかで、多くを占めるのがこの5月末~6月です。セカンドやレフトでのスタメン出場も多く、’18年の西武戦では2番セカンドで4打数2安打1打点、’16年の楽天戦では則本昂大投手から三塁打を打つなど、それなりに活躍しました。だから僕にとっては交流戦は「仕事のしがい」があった期間なんです。

 交流戦は普段行かない街に行けるのも楽しみでした。とは言ってもイースタン・リーグで仙台をはじめ、千葉、所沢はよく行っており、馴染みだったので、めったに行かない札幌や福岡遠征が楽しみでした。格別だったのは福岡ドーム(現PayPayドーム)。子供のころからよく行っていて、憧れだった球場のグラウンドに立てることが嬉しくて、プロになってもワクワクしたのを覚えています。

 埼玉や千葉、札幌に行ったときは、イースタンで対戦した相手チームの選手が上がってきていて、1軍の舞台で再会するのも楽しみでした。敵チームではありますが、お互い戸田や西武第二などの厳しい環境から這い上がろうと切磋琢磨した仲。なぜか同志の感覚があって、そんな選手が活躍するのを目の前で見ると嬉しかったりします。

プロ入り2年目の青木宣親も交流戦でブレイク

 交流戦は短いスパンゆえ、選手にとってはブレイクするチャンスが大いにあります。’05年、プロ入り2年目の青木宣親さんは期間中(当時は36試合)55安打、打率.382を記録した結果、シーズン首位打者を獲得、新人王にも選ばれる大ブレイクのきっかけとなりました。

 そんな男が今年現れました。4年目の塩見泰隆です。日本ハム戦3連戦で12打数8安打、2本塁打と大当たり。続くオリックス戦でも14打数5安打、2打点で目下、交流戦打撃成績.500で1位。セ・リーグでも5月の打率.383。月間首位打者となりました。(5月31日現在)

 もともと能力がある男。僕は2年間ファームで彼と同じグラウンドに立ちましたが、うらやむほどの足と、ホームランも打てるパンチ力。24歳でプロに入ってきて今年28歳になりますが、まさに「ブレイクの予感」がする選手です。

塩見泰隆

「1軍の水」にようやく慣れた塩見

 選手はプロの水に慣れ、さらに1軍の水に慣れないと活躍はできません。彼は度重なるケガや不調で、その「1軍の水」になかなか慣れなかった。4年目となる今年は「慣れ」て、ようやく自分の思ったように体が動き出したんではないでしょうか。

 あっけらかんとして、素直で、明るい性格。いまだに僕を見つけると駆け寄ってきて「三輪さん! 元気ですか?」と声をかけてくれる可愛い後輩です。

 以前、彼がバントの練習をしているとき、助言を求められました。彼はバントの構えに入る時、後ろ足が地面につくリズムが悪かったんです。手と足は連動して動くのでこのリズムが悪いとボールを捉えられず、弱いバントになりがちなんです。これはバッティングも同じだと伝えると、「あ! やりやすい! 今までとぜんぜん違う!」と驚いていました。横にいたつば九郎からは「野球やってた?」と聞かれましたが、「ちょっとかじっただけ」と答えたのは言うまでもありません。