引退後に気づいた、土俵に残してきた「悔恨」
田代自身は自分では「新しい世界に飛び込んでいくのはすごく抵抗がある。超ネガティブですから」という性格である。現状に満足していたら、おそらく何も変えることなくのほほんとしているはずだと。
だが、土俵に残してきた悔恨が、第二の人生を生きる彼の背中をぐいぐいと押している。
「映画の撮影でインドに行くのも嫌でしたよ。1カ月も行けるか? と考えて最初は返事ができなかった。でも一晩考えたら、せっかく映画に出られるチャンスをもらったのに、何を偉そうに悩んでいるんだろうと思ったんです。あの時やっておけばよかったなって、後悔するじゃないですか。怖さはあるけど、やってみて後悔した方がいい。俺は土俵で燃え尽きてないですから。くすぶっちゃってたから(笑)」
引退当初、田代は「何をしている人ですか?」と質問を受けるのが億劫になっていたという。
「お相撲さんという肩書きがなくなって、自分を説明できなくなったんですね。何やってるの? と聞かれると、別に普通に生きてますけど? って思って反発してました。でも、それはたぶん力士としての目標がなくなった裏返しで、自分が勝手にみじめに感じていたんだと思います」
そんな風に肩書きがなくて困っていた人間が、今は肩書きの多さで説明に困っている。それはおそらく不幸なことではないはずだ。
「地球の半分を制覇したみたいな感じじゃないですか(笑)」
「インドの13億人。中国の14億人。地球の半分を制覇したみたいな感じじゃないですか(笑)。だから、もっともっと露出したら楽しそうだなって。今の自分の夢は世界で有名になること。世界で普通に喋って、バラエティー番組に出られるようになってみたいと思ってるんです。
入門もしてない人間が横綱になりたいと言うのと、大関が言うのでは意味合いが違いますよね。自分もせっかく映画にまで出られたんだから、このチャンスをもっと生かしたい。周りの友達からは『なんか最近芸能人だよね』って言われるんです。自分ではそういう自覚はないけど、はたから見たら、こいつちょっと面白いことやってるなと思われてるのかもしれないなと」
田代は夢を叶えるために週に2回のオンライン英会話を始めた。撮影の現場に行っても、昔なら「すみません、僕プロじゃないので」と照れていたのが、恥じらうことなく演技をするようになった。
尻込みする。怖気づいたりもする。でも今は全力でぶちかましていく。
「楽しんでいるというよりは挑戦しているという感じですかね。成功しているのか、いい方向に向かってるのどうかも自分ではよくわかってないんですけど」
田代良徳は元お相撲さんである。
現在は……、現在の肩書きは自分でもよくわからない。
ただ、その姿はきっと、あの頃田代が教習所で見た朝青龍のように輝いている。
写真撮影=文藝春秋/今井知佑
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