背景にはジャッジへの不信感と“陰謀論”
「たしかに『稚拙』という言葉は強い批判が込められているように見えますが、実はフィギュアスケートのルールブックにも登場する一般的な表現です。ジャッジや他の選手を攻撃する意図があると解釈するのは無理があります。純粋にフィギュアスケートの発展を考えての研究だったでしょう。むしろ今回あらためて浮き彫りになったのは、羽生を含めてトップ選手の採点に対する不信感がファンの間で共有されているという事実でしょう」(同前・ベテラン新聞記者)
人気選手になりファンが増えると、その中には「自分の応援する選手が不当に損している」という陰謀論を唱える人が一定の割合で現れる。だからこそ羽生の得点に対しても「得点が爆盛りされている」と攻撃する声と「得点が不当に下げられている」という声が同時に出てくるのだ。
羽生以外の選手についても同じことが起きており、高橋大輔や宇野昌磨なども「ジャンプの回転が足りないのに減点されていない」とたびたび攻撃されてきた。ネイサン・チェンら外国人選手より、日本の選手同士の方が論争も過熱しがちだ。
フィギュア界のその空気を前提に、羽生の卒論は「怒りの表現」として“誤読”されてしまったのだろう。実際、今回の卒論が話題になり「私たちがジャッジを批判してきた主張の正しさが証明された」という感想を持った人もいるようだ。
とあるスポーツ紙の記者は、「妄想が渦巻くのがフィギュア界だから」と苦笑いしながら、次のように語ってくれた。
「体操やシンクロのような他の採点競技と比べても、フィギュアは陰謀論を語る人が多い。ファンの熱量の裏返しでもあると思うのですが、おかげでメディアも報じ方にとても気を使っています。それでも、ある選手を褒めるとそのライバル選手のファンから嫌われる状況では限界があります。
連盟や選手に話を聞いても、極端に採点が歪んでいるという話はほとんどありません。ましてや特定の選手に意図的に高い得点が与えられたり、逆に得点を下げられたりといった操作が存在すると信じている人は1人もいない。しかし一部のファンの間では陰謀が存在するのが前提になっていて頭を抱えています。羽生さんの卒論は、むしろそういうファンの存在を懸念して書かれた可能性さえある気がしますよ」
フィギュアスケート界の健全な発展のために書かれた羽生の卒論さえも、分断の契機になってしまう現状。あらためて浮き彫りになった陰謀論的な土壌が解消されることはあるのだろうか。