歌い出しでの地名の羅列や「白のパンダ」などナンセンスなフレーズが印象に残る「アジアの純真」が、女性デュオ・PUFFYのデビューシングルとして発売されたのはいまから25年前のきょう、1996年5月13日のことだった。

PUFFYの2人 ©文藝春秋

プロデュースを担当したのは奥田民生

 PUFFYは大貫亜美(デビュー当時22歳)と吉村由美(同21歳)による2人組。デビューの前年、亜美が同じ事務所(ソニー・ミュージックアーティスツ=SMA)に所属する由美と一緒にやりたいと希望したことから結成された。2人はレコード会社のソニー・ミュージックエンタテインメント系列のそれぞれ別のオーディションを経て、SMAの預かりとなっていた。デビューにあたっては、プロデュースをやはりSMA所属の奥田民生が引き受けることになる。

「アジアの純真」はもともとシングル用につくられたのではなく、1stミニアルバム『amiyumi』(1996年7月22日発売)の制作の過程で収録した1曲だった。奥田のつくった曲に詞をつけたのは、このころ彼とコラボレーションする機会が増えていた井上陽水である。陽水は作詞にあたり、アルバム収録中のスタジオで彼女たちに取材したという。そこでは亜美がかつて父の仕事の関係で韓国に住んでいたという話で盛り上がるも、後日送られてきた詞にはそのことはほとんど反映されていなかった。

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『アジアの純真』の作詞を担当した井上陽水 ©文藝春秋

「白のパンダ」の秘密は…タモリの「熊猫深山」

 陽水は奥田のデモテープを聴いた時点で、テーマはアジアで行くつもりでいたらしい。歌詞ができあがってきたとき、奥田はPUFFYのスタッフに見せて「デビュー曲をこれで行く勇気はあるのか?」と確認したという(※1)。彼からしても、歌詞があまりにも奇抜だったからだ。だが、ミニアルバムの全曲の収録が終わり、どれをデビューシングルにするかとなったとき、スタッフ全員一致でこの曲に決まった。もっとも、亜美はこのとき、心のなかで「これじゃないな~」と思っていたと、最近になって明かしている(※2)。

 ちなみに例の「白のパンダ」のフレーズは、陽水によれば、タモリがデビューまもない時期のアルバムで歌った「熊猫深山」なるデタラメな中国民謡から着想を得たものだった。PUFFYの楽曲のタイトルも当初は元ネタからそのまま拝借するつもりであったらしい。曲の終わりの歌詞「今、アクセス・ラブ」も、もともとは「ただナンマイダ」となっていたという。しかし、デビュー曲で「ナンマイダ」はさすがにまずいと変更され、「熊猫深山」も、陽水いわく《でもやっぱり五年後、十年後にいろんなインタビューで「パフィーはどんなデビュー曲だったんですか?」なんてきかれて、そのとき「熊猫深山」を一生背負っていくのは大変だなって》(※3)ということで、タイトルは「アジアの純真」に落ち着いた。