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「五輪で日本人が金を取れば盛り上がる。何とかなる」…菅政権の「楽観論」に見る“日本人の習性”

2021/05/21

――日本人には危機に際して、「起きては困ることは、起こらないことにする」悪癖があるんです。

 福島原発事故のあとの半藤一利の言葉(文藝春秋2011年7月号)である。半藤は近現代史、とりわけ戦争の記録や証言を通じて日本人の習性をみた。半藤はこうも言っている。

――「想定外」という言葉は「無責任」の代名詞ですよ。「起きたら困ること」が起きた後には、とめどない無責任が残るんです。(前掲)

 これらの半藤の言葉は、コロナ禍にあっても東京オリンピック開催に向かう、菅義偉の所業にも重なり合う。菅首相は4月12日、「感染の波は想像を超えたもの」と国会で答弁した。そのような災禍の最中でありながら、コロナと五輪は別問題だと言い続け、また五輪開催はワクチン接種を前提としないと言いもした。今の日本はとめどない無責任の渦中にある。

写真はイメージです ©iStock.com

「日本人選手が金メダルを取れば盛り上がる」という楽観論

 起きたら困ることは起きないことにする、原発も新型コロナも、こうした楽観がわざわいの扉を開く。半藤は「誤断が楽観を生み、楽観が予想もできない惨敗の結果をもたらした」(半藤『遠い島ガダルカナル』)とも言っている。新型コロナにおいては、ダイヤモンド・プリンセス号の寄港以来、「誤断→楽観→惨敗」を繰り返しながら、厄災を雪だるま式に大きくしていった。

 この「誤断→楽観→惨敗」でいえば、週刊文春4月29日号にこんな逸話が載っている。東京オリンピック開催の延期を決定した昨年3月、大会組織委会長の森喜朗が「2年延期」を主張したが、首相だった安倍晋三が「日本の技術力は落ちていない。ワクチンができる。大丈夫です」と根拠のない理屈を言って「1年延期」で森を説得。その結果、2021年開催になる。

 自らの首相退陣(総裁任期は2021年9月であった)の花道にするためとも言われた。もちろん今なお国産ワクチンは出来ていない。 

安倍晋三前首相 ©文藝春秋

 その結果、今年の夏に開催となった東京五輪であるが、延期を決めたときよりも事態は悪化しているにもかかわらず、無責任にも菅がオリンピック開催にこだわり続けるのは、秋におこなわれる総選挙で勝つためだ。

 自民党のベテラン議員は、菅政権はオリンピックが「始まれば何とかなると思っている。日本人選手が金メダルを取れば盛り上がり、最後は感動で終わるという、いつもの楽観論」(共同通信・内田恭司記者の記事より)にあると述べる。

医療現場の人的資源を吸い上げようとしている

 菅は国民の生命ではなく、自分の政治生命を守ることに躍起になっている。東京オリンピックは一部の者がカネを吸い上げるための機構であると同時に、アスリートが生み出す“感動”を選挙の票に変える装置でもある。その維持のため、医療スタッフとして500人の看護師の確保を日本看護協会に依頼するなど、医療現場の人的資源を吸い上げようとしているわけだ。