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“恐ろしい京都人”のイメージ

 東京や大阪で同じようにお呼ばれしたら、家の方も私もマスクをつけたままです。食べたり飲んだりのときにはずすくらいです。

 東京の人にこのエピソードを話したら「何かのワナじゃないですか」と疑わしそうでした。「あの人、本当にマスクせんかったわ」とあとで陰口をきかれるのではないか、というのです。

 よく知られる「ぶぶ漬けでもどうどす?」が思い浮かんだのかもしれません。お茶漬けをすすめておきながら、実は「そろそろお帰りください」の意味だという上方落語のネタです。

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©️iStock.com

 たしかに、京都では言葉どおりに受け取ってはいけない場面があります。私はそういう暗黙のルールを「京都人コード」と呼び、研究対象の1つとしています。

 先ほどの訪問では、ご本人もマスクをしていなかったので裏の意味はないでしょう。「マスクはコロナ対策に効果がない」という主張でもありません。京都人コードとして解釈すれば、「コロナぐらいで家族同然のお付き合いは変わりませんよ」というメッセージです。

 京都の人たちも、新型コロナに感染するのは怖いに違いありません。しかしその一方で、自分から壁をつくって信頼関係を壊したくない。「うちではマスクせんでもええよ」と言われても、そのままマスクをはずさなくてもいいので、最終的な決断はこちらに委ねられる。これも京都の人らしい言い方です。「物理的なディスタンスも、精神的なディスタンスも、あなたのお好きなように」ということです。

 本心ではコロナが怖くても、相手がリラックスできるように振る舞う。ここに京都人の我慢づよさを感じます。

 東京などでは家にあがったらすぐに「あ、洗面所はこっちね」と手洗いやうがいをうながされることがあります。これも京都では聞いたことがありません。

「あなたはウイルスを持ち込む恐れがあるから、わが家に入ったら手を洗ってください」と暗に指図する感じが相手をリラックスさせないからです。