6月7日午前9時20分ごろ、東京・品川区にある都営浅草線の中延駅。通勤ラッシュが落ち着いた時間帯でも電車を待つ乗客は多数いたという。ホームに入ってきた泉岳寺行きの電車に、ジャケット姿の男性が接触した。
「男性は所持していた身分証から日本オリンピック委員会(JOC)の経理部長だった森谷靖さん(52)と判明しました。警察は目撃情報などから自殺の可能性を視野に捜査をしています。駅に入った時間から事故まで数十分の開きがあったことがわかっているのです。最後まで悩んだのでしょうか……。前日まで普通に仕事をしていたようで突然の死亡でした」(社会部記者)
病院に救急搬送された森谷さんだったが、約2時間後にその死亡が確認された。
「所持品から遺書は見つかっておらず、自死を選んだ理由はわかりません」(同前)
だが、JOCの山下泰裕会長はメディアの取材に「ご遺族は警察が自殺と認定していることに納得していない。事故死ではないかと思われている」とコメントしている。
文春オンライン取材班が関係者の取材を進めると、森谷さんが務めていた経理部長という職が過酷な状況にあったことがわかった。
JOCが扱う巨額「補助金などの収益が161億円超」
JOCは、五輪を運営する国際オリンピック委員会(IOC)の日本支部のような位置づけで、主たる業務は国内における五輪関連の運営で、選手の強化・派遣事業や五輪の普及活動などを行っている。
JOCの公式ホームページによると、1912年のストックホルム五輪参加のため、設立された大日本体育協会(現日本スポーツ協会)にルーツを持つ。1988年のソウル五輪での成績不振をきっかけに1991年に、当時の財団法人日本体育協会から完全独立し、独自の財源を持った。そんなJOCの財務部門を支えてきたのが森谷さんだ。
「森谷さんは埼玉の名門、浦和高校卒業後に法政大学に進学。西武グループのコクドに入社した後、JOCに出向し、そのまま正規の職員となりました。JOCの資金運営について任されており、とても真面目な方です。今回の事件は、本当に心苦しく無念です」(JOC関係者)
JOCの扱う資金は巨額だ。2019年度の決算資料には、補助金などの収益が161億円超あり、選手強化に112億円、国際大会への選手派遣に7億6000万円超などの支出があったと記載されている。JOCが認可を受けている公益財団法人はハードルの高い認可を受けられれば、税制面で優遇される。一方、会計処理が複雑になり経理・財務関係者の負担が増加する。JOC関係者によると、森谷さんは3、4人ほどの部下とともに業務にあたっていたという。6月は2020年度の決算が理事会に提出される繁忙期だった。