「特許庁の仕事っていい加減で…」
話し合いが始まってから4カ月が過ぎた2019年5月、ファーストリテイリングはアスタリスクの特許について「無効審判請求」を特許庁に出した。この技術が特許に値するものではない、と言い出したのだ。
「この時の向こうの知財担当者の発言はよく覚えています。『特許庁の仕事っていい加減で、外注に丸投げして適当な調査で特許を出している』という内容のことを口走っていた。あの高圧的な態度はなぜ生まれるのか不思議でした。
一方で、今回の審決取消訴訟で問題になったアメリカの特許を見て『これはアメリカ展開するときには問題になるか調べておかないといけないな』と、知財担当者はネットで確認していました。そのとき、『これは大企業ですね。金ではどうにもならないから、注意しないと』とも発言していた。当社は小さいから金でどうにでもなる、と扱われているように感じました」
日本知財標準事務所所長の齋藤拓也弁理士に話を聞いた。
「蓋を閉めなくても商品の価格を計算できるアスタリスクのセルフレジの特許は、消費者にとって便利で、従来技術に同様なものがなければ特許が認められるべき価値はあると思います。もちろん、このセルフレジを導入することで、人件費削減や顧客誘引など、どの程度プラスの価値が生じたかを金額に換算することは、簡単ではないでしょう。それでも、『ゼロ円ライセンス』というファーストリテイリング側の申し出は、アスタリスクの技術をあまりにも軽く見ていると感じます」
アスタリスクは粘り強く交渉を続け、8月末までに回答を出してほしい、というところに漕ぎつけた。最終的にこの回答は9月20日にずれ込んだが、ファーストリテイリングも応じる姿勢を示した。
「我々が最終的に示したセルフレジの使用料は、1台あたり1日の使用料が、500円です。これも本来の希望額ではないのですが、それまでの向こうの対応から満額回答は無理だと思っていました。社内でも『1日100円くらいに叩かれるかもしれないが、まあ仕方ないか……』と、ある程度の覚悟はして臨んだのですが、ファーストリテイリング側の提示は9カ月前と同じゼロ回答でした。さすがに言葉も出ませんでした」
これを受けてアスタリスクは同月24日、ファーストリテイリングを相手取り「特許権侵害行為差し止め」の仮処分を求めて東京地方裁判所に提訴する。
世界有数の規模を誇る大企業を相手に、社員約100名のベンチャー企業が立ち上がった。
◆セルフレジの使用料についての記述に、一部事実誤認がありましたので、修正をいたしました。読者のみなさまにお詫び申し上げます。(2021.7.05 09:30)
(取材・構成:長田昭二、撮影:山元茂樹/文藝春秋)
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