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野球の試合は本当に長いのか? 飽きかけた小1男児の前に現れたのは背番号22の“救世主”小林誠司だった

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/07/09
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小林誠司が打席に入ると、場内は大歓声に包まれた

 2021年某日、私と息子は京王よみうりランド駅に降り立った。

 いつものように遊園地に行くならゴンドラに乗るところ、今回は野球場へと続く「よみうりV通り」という長い坂を登っていく。

 歩道の脇には、よみうりV通りのできた2009年当時の巨人の選手・首脳陣の手形が背番号順で並んでいる。すると、息子は「なんで『93』がないの?」と聞いてきた。

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 息子の言う通り、背番号93のネームプレートや手形がはがされている。無法者の仕業なのかと思ったが、かつて背番号93を誰がつけていたか……と考えて、「あっ」と声をあげてしまった。ちなみに、背番号59の位置にも同様の処置が施されていた。「あかちゃんはどうやってできるの?」と聞かれる以上に返答に困る、球団の黒歴史がそこにあった。

 傾斜のきつい急坂を登りきると、読売ジャイアンツ球場に到着する。レプリカユニホームに身を包んだ野球ファンが大勢いて、スタンドを彩る。ファームの試合とはいえ、休日だけにスタンドは盛況だった。

 その日、巨人の先発投手は田中豊樹だった。投球練習の1球目を見ただけで、息子は「プロのせんしゅって、こんなにはやいの?」と驚いた。テレビで見るより、スピード感が違うのだ。私はいかにも野球少年らしい息子の反応に、早くも満足した。

 だが、子どもの集中力を見くびってもらっては困る。1回裏が終わる頃には、私は隣席の息子が放つ「ブホ~ッ!」という爆発音とともに、パンチ攻撃を受けていた。早くも飽きてきたのだろう。私はその都度、事前に購入していたチョココロネやアップルパイを息子の口に押し込んだ。甘いものを口に入れている時は、息子が静かになるからだ。とはいえ、完全に飽きて「かえりたい」と言い出すのも時間の問題のように思えた。

 しかし、息子の様子が変わったのは「背番号22」の選手が打席に入った時だった。

小林誠司 ©文藝春秋

「6番、キャッチャー、小林」

 場内アナウンスとともに、この日一番の拍手が打席の小林誠司に送られる。よく見ると、球場には背番号22のレプリカユニホームを着ている女性ファンが圧倒的に多かった。息子は「このせんしゅ、だれ?」と小林に興味を示したようだ。

 ふと、昔の記憶が蘇ってきた。私が初めて野球場に行った時、代打に吉村禎章の名前がコールされると東京ドームは大歓声に包まれた。その時、父は私に吉村が再起不能と言われるほどの大ケガから復帰した選手だと教えてくれた。

 私は息子に小林という捕手がなぜ、ファンから大きな拍手を送られているのか説明しなければならないと思った。

「この小林って選手はね、2年前までは巨人で一番試合に出ていたキャッチャーなんだ。肩もめちゃくちゃ強いんだよ。でも、去年にケガをして、1軍の試合になかなか出られなくなってしまったんだ。それでも、毎日あきらめずに練習して、ピッチャーのいいところを引き出しているんだよ。だから、こんなにファンから愛されているんだろうね」

 息子はわかったような、わからないような、不思議そうな顔をした。小林はいい当たりのダブルプレーに倒れ、観衆の「あぁ~」というため息が溶けていった。

 その後も、私は試合を眺めながら、絶えず息子の様子をうかがう時間を過ごした。5回終了時点で「これ、とちゅうでかえってもオーケーなの?」と聞かれた時は万事休すかと思った。だが、「帰りたいの?」と聞くと「そうじゃないけど……」という答えが返ってきた。結局、9回裏までみっちりと観戦して、長い試合は終わった。

 私は一人で野球場に行く時の数倍の疲労を覚えつつ、安堵感に浸っていた。ひとつの通過儀礼を終えたような気がした。

 あれから毎日、息子はテレビで野球中継を見続けている。特定の球団のファンというわけではなく、全12球団を応援しているのだという。そして、小林誠司は今や1軍に復帰し、安定したリードで存在感を見せ始めた。

 いつか、息子はジャイアンツ球場で盛大な拍手に包まれる小林誠司の姿を思い出す日がくるのだろうか。その時にはきっと、息子も隣席に座る小さな子どもにあれやこれやと解説しているのだろう。

 そして私は私で、小林誠司や野球場で飽きかけている子どもを見るたびに、息子を思い出すに違いない。

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