ユニホーム姿には、今年で74歳になるとは思えない若々しさがあった。

 内田順三さんは椅子に腰をかけると眼鏡の位置を正し、持参したキャンパスノートのページを折り目正しくめくり始めた。

「ええと……どこだったかな。あぁ、ここか」

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 そこには私が事前に送っていた取材申請書が挟まっていた。さらにノートには、取材趣旨に対する内田さんの考えが自筆で一面びっしりと埋め尽くされていた。

「ちゃんとお答えできるのかわからないですけど、うまく書いてまとめてください」

 穏やかに笑う内田さんの横顔を見て、私はすっかり恐縮していた。広島、巨人で「名打撃コーチ」の称号をほしいままにしてきた人物でも、これほどの準備をして取材に臨んでくれるのか……と。

 1997年に清原和博がFA移籍した際、周囲に心を閉ざす清原に寄り添い、かたくなだった心を溶かしたのは内田さんだった。数多くの選手から信頼されてきた人柄が、このノートに象徴されているような気がした。

吉田正尚クラスの素材が、なぜ育成選手なんだ!

 内田さんはヤクルト、日本ハム、広島で13年間の現役生活を送った後、コーチとして広島と巨人の間を2往復半する。指導者として37年間も請われ続け、現役時代を含めると50年間もプロのユニホームを着続けた。2020年からは社会人野球の名門・JR東日本の指導に携わっている。

内田順三さん 6copy;菊地選手

 正田耕三、江藤智、金本知憲、緒方孝市、新井貴浩、阿部慎之助、坂本勇人、鈴木誠也、岡本和真……。内田さんが指導した強打者は枚挙にいとまがない。そんな内田さんに聞いてみたいことがあった。

「一人前にし切れなかった、心残りの打者はいませんか?」と。

 内田さんは少し間をおいてから、こう答えた。

「山下ですね。バッティングに関しては、今まで見てきた中でもトップクラスだと思いましたからねぇ」

 山下航汰。巨人の背番号099をつける、育成選手の20歳である。

山下航汰

 山下が育成ドラフト1位指名を受けてプロに入団し、内田さんの前に現れたのは2019年のことだった。

 事前にスカウトが作成したレポートを読み込んでいた内田さんは、山下が健大高崎高時代に通算75本塁打を放っていることを知っていた。だが、山下は身長174センチとプロとしては体が大きくない。内田さんは「金属バットの性能に頼っていたのかな?」と疑念を覚えたという。

 実際に山下のスイングを見て、その思いは消え失せた。

「打球の質を見て、これは育成ドラフトで入るバッターじゃないなと。大きな始動ではないのに、パンチ力を出せて広角に強い打球が打てる。オリックスの吉田正尚みたいなタイプでした。本人に聞いても『吉田さんのようなバッターになりたい』と言うので、頑張りなさいと伝えたんです」

 これほどレベルの高い打者が、なぜ育成ドラフト指名なのか。驚く内田さんだったが、当時の山下はスローイングに難があった。捕球は問題ないものの送球に不安があり、スカウトからの評価を落としていたのだ。

 難点を差し引いても、内田さんの目に山下は魅力的に映った。

「足だって特別に速くなくても、健大高崎高校は『機動破壊』って、走塁を仕込まれるんでしょう。次の塁を狙いにいく走塁ができる。投げ方さえ直せれば、面白いと思いました」