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山下は終わってはいない。まだ始まってもいないのだ

 3軍でプロ生活をスタートした山下は、すぐに打撃で結果を残して2軍に昇格。2軍でも3割を超える打率を記録して、1年目の7月5日には早くも支配下昇格を果たした。9月2日には1軍でプロ初安打をマーク。イースタン・リーグでは打率.332、7本塁打、40打点の好成績を収め、首位打者に輝いた。

「高卒の新人が2軍で首位打者になるのはイチロー以来だっていうじゃない。広島の2軍コーチ時代に当時のイチローを見てるけど、山下もダブるところがありました」

 訓練のかいがあって、課題のスローイングも標準レベルまで改善された。いよいよ開花寸前というタイミングで、内田さんは巨人を退団している。

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 だが、好事魔多し。飛躍の年になるかと思われた2020年、山下は右手有鉤(ゆうこう)骨骨折の重傷を負い、手術を余儀なくされる。退団後もつぶさに教え子の経過を見守っていた内田さんは、この故障が「山下のバッティングを狂わせた」と見ている。手術から復帰しても不本意な成績に終わり、シーズン後には育成契約に逆戻りとなった。

 同年のドラフト会議では、身長2メートルの秋広優人が入団。翌春のキャンプから快打を連発する。首脳陣もメディアもファンも、新たなホープの出現にこぞって注目した。

 内田さんはしみじみと言った。

「休むと次の者が続々と出てくるのがプロの世界ですから」

 今季、5月27日までに2軍で122打席に立っている秋広とは対照的に、山下は2軍でわずか30打席、打率.115と低迷。主戦場は3軍になっている。とはいえ、内田さんは語気を強めて「これで山下が終わったわけじゃない」と断言した。

「この前、本人に会った時にも言ったんですよ。大学生ならまだ3年生の年齢じゃないか。バタバタしないで、やることをやればいい。持ってるものはいいのだから、しっかりと力をつけなさいとね」

 今の山下にあえて注文をつけるとしたら、どんなところでしょうか。そう尋ねると、内田さんは意外にも技術以外の部分を口にした。

「若いのに変なところで落ち着いて、スマイルが少ない選手なんです。もう少しポジティブに、ゆとりがあるといいと思う。バッティングを突き詰めようとせずに、おおらかにやればいい」

「選手には旬の時期がある」が内田さんの持論だ。伸びる時期にいかに努力して、自分の技術をものにできるか。それが野球人生を左右する。「内田式」に従って、数々の名選手が旬の時期に台頭してきた。

 それでは、山下は旬を逃してしまったのか――。

 内田さんは力強く否定した。

「旬を逃しているわけじゃないですよ。まだ3年目だもん」

 今は厚い選手層に阻まれ、出番は限られるかもしれない。だが、着実に力をつけておけば、次世代には必ず大きな戦力になれる。内田さんは希望を込めてこう語る。

「敵は我にありというのかな。より上を目指して自分を磨いていってほしいですね。山下、秋広の他にも松井(義弥)も上背があってパワーヒッターになれる素材だし、増田陸だって体に力がついてくれば出てくる選手です。私の目から見ても今のジャイアンツの2軍、3軍には素晴らしいメンバーがいるのだから楽しみですよ」

 プロの現場を離れてもなお、心は今も愛弟子たちに寄り添っている。その慈愛に満ちた内田さんの目を見て、いつか師弟の思いが報われる日がくることを願わずにはいられなかった。

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