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横浜から野球の神様が離れてしまったと感じる決定的な瞬間でもあった

 だから、あのドラフトでの東尾監督のはちきれんばかりの笑顔を今でも夢に見るのだ。

 先の日本シリーズの勝敗すらも一気に逆転されてしまったような敗北感。それは超大物ルーキー松坂大輔を外したという表面上のことだけに留まらない。ずっと上手く行っていたものが急に終わりを宣告される赤玉のごとく、多くの人が横浜から野球の神様が離れてしまったと感じる決定的な瞬間でもあった。いや、信じられないだろうけど、あの時ベイスターズファンをやっていた誰もが、恐ろしくイヤな予感を感じていた。そしてその予感はやがて確信となり、ノストラダムスが予言した恐怖の大魔王はごく個人的に横浜ベイスターズの頭上にだけ降りかかる。

 忘れられない場面がある。

 西武が交渉権を確定させた直後、会見場にいた松坂がやんわりと笑みを浮かべた。アナウンサーが即座に問いかけると、松坂が話しはじめる。

「外れたな……という感じでした。自分の意中の球団は横浜ベイスターズでした」
「(今も社会人に進む考え方は)変わりないです」

 呆然とする頭で松坂の会見を観ていたらくやしくて、ありがたくて、涙が出てきた。ありがとう。松坂。ベイスターズを「意中の球団」と言ってくれてありがとう。もしかしたら、98年という熱病みたいな奇跡の連続にあてられて、つい好きになってしまっただけなのかもしれない。だけど、僕は、この時の感謝を一生忘れないし、忘れたくない。いつか、必ず。

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いま改めて松坂を想えばこれでよかったのではないかと思う

 それから松坂は西武ライオンズへの入団を決意して、東尾監督の下1年目からとんでもない活躍を果たすのは皆さんご存じの通り。瞬く間に球界のエースとなり、イチローや中村紀、小笠原などパ・リーグの大打者と名勝負を繰り広げると、やがて、とんでもない移籍金でメジャーリーグに渡った。一方のベイスターズは神々に見放されたように最強のチームは見る影もなく解体され、成す術もなく最下位の底を這いつくばる。松坂とベイスターズの距離はかつて相思相愛だったことを微塵も思い出させないほどにどんどん広がっていった。

 それでもいつか、必ず松坂大輔は横浜に戻ってくるんじゃないか。そんな気配を心のどこかで常に感じていた。あのドラフトでは横浜高校の同僚小池正晃が入団しているし、その翌年のドラフト1位はPL×横浜で松坂から4安打した田中一徳を獲得した。DeNAになった直後にも、西武から横浜高校の同僚・後藤武敏をトレードで獲得するなど、地元の横浜高校出身の選手ばかりになった。あの筒香嘉智が初めて甲子園で見た試合がPL×横浜だったことも、星座が引かれ合い導かれるような予感を漂わせた。

 だけど、いつか松坂大輔を迎える準備をしているように見えて、結局いつまでも手を出さない。メジャーリーグから帰国した2015年以来、ソフトバンク、中日、そして古巣の西武へと渡り歩く中でも、ついぞ縁は訪れなかった。

 どこかで獲得することはできなかったのか。そんな悔しさはおそらく一生捨てきることができないだろう。

 ただ、いま改めて松坂を想えばこれでよかったのではないかと思う。この20年を振り返れば、ライオンズではじまり、ライオンズで終わった野球人生。東尾監督の下でプロがはじまり、デニーさんと森繁さんに中日に誘われ、最後に渡辺久信GMの下で幕を引いてもらう。すばらしい指導者と、先輩たち。すばらしい環境も含め、入団交渉時に社会人入りを翻意させた西武ライオンズのアフターケアはさすがである。

 98年のドラフト前。松坂は「自分の運を試したい」と言っていた。それは、ベイスターズと結ばれることを念頭に置いた言葉なのだが、フタを開けてみれば、西武にくじを引かれたことが本当の強運だったと思い至るのだ。正直、ベイスターズの高校生先発投手の育成状況を鑑みると……日本野球界のためにはこれでよかったのではないかとも思う。

 この22年の間。ずっと松坂を追い続けてきた。たとえベイスターズに所属はなくても、あの奇跡のような夏に、どうしようもない希望を見てしまった私のような人間は、”横浜の松坂大輔”を忘れることはできないのだ。心からありがとう。そして、これからも横浜と共に。

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