昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

夏の日の1998~ありがとう、“横浜の松坂大輔“を忘れない

文春野球コラム ペナントレース2021

 松坂大輔が今季限りで引退する。

 そんなニュースが聞こえてきた。

 それを受けて経験したことの無いような空虚な気持ちになっている。これまでのどの選手の引退報道とも違う。ベイスターズの選手とも、イチローや野茂など野球界の英雄が引退する時の感情とも違う。なにかが終わってしまったような感覚。

 すっかり胃酸過多でヤケ気味になったこの胸が少女のようにせつなさで締め付けられているのは、それが永遠の片思いで終わってしまった恋だからなのか。

 この20数年、おじさんはいつも“横浜の松坂大輔”を想っていた。必ず復活を果たしてくれると信じていたのと同じぐらい、いつかどこかで松坂は横浜に帰ってくるものと妄信する自分がいた。

 だがそれも叶わずに終わるのか。

1998夏の甲子園優勝時の松坂大輔 ©文藝春秋

あの夏、マシンガンと共に松坂大輔はいた

 1998年が横浜にとって特別な年であったことは今更言うまでもないだろう。

 あの年。おそらくスポーツにまつわる神仏妖魔の類が確実に横浜にいた。正月の箱根駅伝での神奈川大学。全日本大学ラグビー選手権で関東学院大学。都市対抗では日産自動車が優勝し、極めつけが横浜ベイスターズ38年ぶりの日本一と松坂大輔with横浜高校春夏連覇。

 あの夏ほど燃えた夏はこれまでもなかったし、おそらくこれからもないだろう。7月8日、進藤達哉の超美技からはじまる奇跡のような10連勝。23年前の今日12日は帯広で9回にソンドンヨルから6点取って、波留が背走ダイビングぶっ放し日没コールドに持ち込んだ日だ。14日石井琢朗涙のサヨナラヒットに続いて15日の巨人戦。松井秀喜、清原和博、高橋由伸のMKT3門揃い踏み0-7から大逆転を果たせば「もののけの類がついているようだ」と権藤博は、この尋常ならぬ事態の異常性をほのめかさずにはいられない。

 8月の魔物。横浜高校の怪物は伝説となる。球史に残るPL学園との死闘延長17回。準決勝明徳義塾戦8回0対6から大逆転勝利。決勝戦京都成章ノーヒットノーランで完全優勝。横浜高校は秋の国体まで無傷の公式戦44連勝を果たし、横浜ベイスターズは10月8日にセ・リーグ優勝。日本シリーズで東尾修監督率いる西武ライオンズを倒し、38年ぶりの優勝という宿願を果たすのである。

 7月から10月のおよそ4か月間、野球場で起こる奇跡の大半を煮詰めたようなあの夏。マシンガンと共に、松坂大輔はいた。だから、誰もが信じていた。この有史以来とも言われる“大神奈川イヤー・1998”のフィナーレは、11月20日。ドラフト会議での松坂大輔ベイスターズ指名による入団。1998は横浜高校と横浜ベイスターズの神々が奇跡の融合を果たすことを以て大団円を迎え、ついに21世紀というベイスターズ黄金時代が扉を開くのだ。

 松坂はさもそれが当たり前のように、ドラフト前にベイスターズを希望球団にあげ、さらに「ベイスターズ以外の指名なら社会人へ行く」と宣言する。そんなこと言ってくれる甲子園のスーパースターを見たことがなかったものだから、随分と戸惑ったものだ。うれしかったなぁ。わずかな時間だったかもしれないけど、ベイスターズはこの時“横浜ベイスターズの松坂大輔”という明るすぎる未来が確実に見えていた。毎日毎日いろんな妄想をしたさ。松坂はエース番号「17」だ。打者としてもマシンガン打線に厚みを増してくれて、野村斎藤隆川村戸叶に番長とのW大輔なんてね。うふふ。うふふふふ……。