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オリックス復活 中嶋聡が持つ「見えないものを見る力」と「対話力」という名将の資質

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/07/14
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 パ・リーグ単独首位? 11連勝? 交流戦優勝? 投打のタイトル争いを独占? 本塁打数リーグ1位? どこの話かと思ったら他ならぬ我らがオリックス・バファローズの話題である。昨年まで2年連続ダントツ最下位のチームがですよ? しかも他球団に比べれば今年大した補強をしたわけでもないのに。

 スポーツニュースでは評論家諸氏もとまどいを隠せない。いわく「元々弱いチームじゃないですから。」いやいや、それならなぜあなたの順位予想は6位なの?(笑)

 僕らの愛するオリックスは中嶋監督就任までは間違いなく12球団一弱く応援する価値もほとんどない最低のチームだった。それは間違いない。35年以上真剣に詳細にチームを観察しつづけてきた僕はそう断言できる。もちろん個々の選手としては吉田正尚、山本由伸を筆頭に魅力的なタレントが多少はいた。しかしチームとしては完全に崩壊し目的を喪失した「ビジョンなき集団」であった。僕は中嶋聡の一軍監督就任を知った時、「3年かければ中嶋監督ならチームを再建してくれる」と確信した。しかしまさか1年でここまでの躍進を遂げるとは全く想像できなかった。それほどオリックス・バファローズというプロ野球チームの腐敗は深刻であり一朝一夕に改革できるような状態ではないと感じていたからだ。

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中嶋監督が1年間かけて行ってきた数々の「チーム改革」

 ここではまず2年連続ダントツ最下位のチームを劇的に蘇生させた中嶋監督が1年間かけて行ってきた数々の「チーム改革」を列挙してみようと思う。

(1)サード宗佑磨、セカンド安達了一、センター福田周平と主力の大胆なコンバートをすべて成功させた。

(2)杉本裕太郎、紅林弘太郎、太田椋、来田涼斗、宮城大弥、山崎颯一郎、本田仁海などの小粒ではなく将来の主力となるべき<ライトスタッフ(正しい資質)>を失敗を恐れず大抜擢している。

(3)あれほど悲惨だった捕手陣のリードを劇的に改善させた。具体的には奥行きや高低を使わずコースギリギリの四隅ばかり狙って四球を連発し投手が苦しくなってからの甘い球を被弾して大量失点という旧オリックス捕手陣お得意の悪癖を一掃し、「勇気を持ってストライクゾーンで勝負する」リードができるようになった。特に主戦捕手だった若月健矢はこの悪癖が顕著だったがここ最近は別人のようなリードをできるようになっている。

(4)打者全員が驚くほどボール球を振らなくなり、打線全体で選球眼が向上しかなり粘りが出てきた。かつてオリックス打線の代名詞と言えば「ほとんどの打者の体が小さく細いためスイングが鈍い」「力がない小粒打者ばかりのためど真ん中直球にことごとく振り遅れる」「低めのボール球ばかり振ってカウントを悪くする」「狙い球を絞れず初球から内野ゴロやポップフライを打ち上げる」「フルスイングせず当てる打撃に終始するためヒットは出ても得点は入らない」などなど敵チームからしたら何ともやりやすい相手であった。それがかなり改善しつつある。

(5)意味不明な代打や代走、攻撃力を激減させる無意味な守備固め、得点力上昇に全く寄与しない無謀な盗塁、何とかの一つ覚えのようなディレード・スチールなどなど、奇っ怪なベンチワークがなくなった。

 以上の5つが目立つポイントだが、それ以外にも小さいところではサードコーチの判断やベンチでの一体感など変化が見られるポイントはいくつもある。もちろん真っ先に賞賛されるべきは結果を出した選手たちだ。だが中嶋聡という指揮官の存在抜きでこの変化は決して訪れなかったであろうことは間違いない。

中嶋聡監督

「見えないものを見る力」と「対話力」

 中嶋聡。1969年生まれの52歳。秋田県出身。1986年阪急ドラフト3位。現役生活29年という偉大な記録を持つ百戦錬磨の捕手。その長い現役生活の中で9人の監督を経験している。上田利治、土井正三、仰木彬、東尾修、伊原春樹、山下大輔、トレイ・ヒルマン、梨田昌孝、栗山英樹。

 歴史に名を残す伝説の名将も、チームを崩壊させた迷将も観察してきた中嶋の経験は何らかの形で今の糧となっているだろう。

 僕がプロ野球の監督に必要だと考えている資質は大きく分けて2つある。

「見えないものを見る力」と「対話力」である。

「見えないものを見る力」とは、目の前の若手選手が限界まで成長した場合にどのレベルの選手になるかを見抜く力であり、伸び悩む若手中堅選手をどうすれば覚醒させられるのかを閃く力であり、自分が率いるチームが3年後5年後にどういうチームになっているべきなのかを明確に想像する力であり、現在のチーム状況を正確に把握し何から改革すべきかの優先順位を間違えない力であり、要するに人間の集合体を成長させるために将来を見通す力全般のことだ。

 この能力に欠けた指揮官は、3年後に打率.300、30本、100打点の才能より打率.250、5本、30打点の才能を重用したり、伸び悩む中堅選手を便利屋で終わらせてしまったり、世代交代に失敗して若手を飼い殺したりチームの将来に不可欠な選手を放出したりしてしまう。プロ野球界で毎年のようにこの手の失敗が繰り返されているのは12球団のファンがそれぞれ一番良くわかっていると思う。

「対話力」とは、「見えないもの」を選手に理解してもらい実際に「見えるもの」に変えていくために必要不可欠な能力のことだ。例えば、遊撃手では芽が出ず外野手に転向していた宗佑磨にサード転向を打診した中嶋聡の「見えないものを見る力」は素晴らしい(宗の天才的なサード守備力についてはまたいつか述べたい)。だが実際に転向して血のにじむような努力をするのは宗佑磨本人である。さらにそのアイデアで将来成功するかどうかは打診した時点では中嶋の脳内以外では誰にも「見えていない」のだ。そのアイデアを宗に「努力する価値がある」と思ってもらい、日々の努力をきちんと見守り、最終的に責任をもって一軍のサードとして抜擢するまで根気よく宗と対話し続けるのは大変な労力と人間力を必要とする。

「見えないものを見る力」とはあらゆるビジョンを創造する力であり、「対話力」はそれを選手やスタッフに理解してもらい実行&具現化していく力だ。この2つがきちんと両輪を成していなければ名将とは言えない。そして中嶋聡は間違いなくこの2つの資質を有している。

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