改装中の「ごまちゃん」で…
以前は生まれ育った兵庫県の尼崎市の葬儀屋で昼間のアルバイトをしていた。学費の足しにしながら「将来、お店を持ちたいんです」という。彼女の芯の強さと、夢に向かう決意が強く感じられた。
昨年7月に「ラブリッシュ」を退店すると、大学も自主退学して念願だった自分の店を開く準備にとりかかっていた。11月30日には、突然、「どっちの名刺が良いと思いますか」と2種類のイラストも送られてきた。退職からわずか4カ月でもう名刺を印刷する段階にまでこぎつけたのかと驚いたものだ。
今年の1月14日にオープンを予定する「ごまちゃん」の店名を聞いて、彼女らしいなと合点がいった。彼女のラインにはずっと以前から、ゴマフアザラシの写真やスタンプが添えられていた。大好きな動物であり、キャラクターなのだろう。
ラインのやりとりはこう続いた。
「自分のお店をオープンいたします! こんなご時世ですが」
「女性のお客様も来れるようなお店にしたいです」
また、12月7日の大阪出張の時には食事の約束をし、待ち合わせの場所に指定されたのがオープンに向け改装中の「ごまちゃん」だった。
「19時からクロス屋さんが来て、床材の相談をするんです。早めに切り上げるので、お店の中で待ってもろていいですか」
改装の進む店内で、一緒に床材や絨毯のサンプルを眺めながら、ああだこうだと意見を伝えた。
ただ本人には伝えられなかったが、内心ではコロナ禍のこの時期にカラオケパブを開くことには反対だった。密を回避する生活が日常となり、カラオケのできる飲食店などもっとも忌避される存在だ。コロナの収束が見えない以上、オープンを急ぐ必要はないのではないか。しかし「自分の店を持つ」という長年の夢をようやく果たそうという彼女に「止めた方がいい」とは言えなかった。
「(好意を寄せてくる)そんな男性いませんよお」
まゆ太郎は写真を撮るのが大好きな女の子だった。私は撮られるのが苦手なのでさほど写真は残っていないが、彼女はお店での楽しげな写真をSNS上にあげ、客には来店の御礼とともに一緒に映った写真を送る律儀なところもあった。
「コミュ障なんです」と笑っていたまゆ太郎は、次第に水商売の水に慣れ、そして自分の店を持つ夢を抱く。だが、果たして彼女はこの世界に向いていたのだろうか。私にはむしろ、彼女はコミュニケーションが得意でなかった過去を払しょくするために懸命に接客業に取り組み、自身に無理を強いていたようにも映る。
彼女に好意を寄せる男は多かったはずだ。「気をつけなよ」と彼女に言うと、「そんな男性いませんよお」といつも笑っていた。しかしカラオケパブとはいえカウンター越しの接客を伴う以上、色恋沙汰が起こることは彼女も覚悟していたはずだ。