『戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』(堀川惠子 著)――著者は語る
『チンチン電車と女学生』や大宅賞受賞作の『原爆供養塔』で被爆した広島を描いてきた堀川さんが、足掛け十四年かけて積み重ねてきた作品である。
「作中の『桜隊』は、二〇〇四年に当時務めていた広島テレビを退職し、フリーになったときから取材してきた題材です。〇五年にドキュメンタリー番組として発表したものの、当時は資料が乏しく、被爆の事実しか取り上げることができませんでした。だから、後ろ髪を引かれる思いで取材を続けていたんです」
桜隊とは、戦時下に国の指示によって東京から広島へ赴任していた「移動演劇隊」で、原爆投下によって団員九名が全滅した。新藤兼人の映画『さくら隊散る』、井上ひさしの戯曲『紙屋町さくらホテル』でも取り上げられてきた。本作では、治安維持法によって弾圧され、戦禍に巻き込まれていく演劇人たちの悲劇を、桜隊の演出家である八田元夫の目を借りて、再現することに成功している。
「昨年から改めて原稿にまとめようとしていたところ、今まで『ない』とされてきた八田氏の遺した資料が、早稲田大学演劇博物館にデータベース化されないまま眠っていることがわかりました。そこから一気に視界が開け、埋もれていた歴史を知ることができたのです」
特筆すべきは、八田が一九六五年に書き残した『ガンマ線の臨終』の基となった敗戦直後の草稿が見つかったことだ。
「終戦から二十年経って書かれた文章は、推敲が重ねられ、淡々とした極めて冷静な観察眼が貫かれています。でも、草稿には、むき出しの感情が包み隠さず表われていました。そのリアルな迫力にただただ圧倒されるばかりでした」
今日の文脈で、本書を読むと、彼らを抑圧した治安維持法と現代の改正組織犯罪処罰法(「共謀罪」法)がどうしても重なって見えてくる。
「治安維持法は当初、『無辜の民にまで適用しない』とされていたにもかかわらず、当局の運用に都合のよい法改正を重ねたことで国民を弾圧してきました。当時とは時代背景も法律の生成過程も全く違いますが、今年成立した『共謀罪』法もノーチェックのまま運用すれば、同じように腐っていく可能性はゼロではないということを過去の歴史が示しています。
ただ、最も描きたかったのは、演劇に魅入られた人々が、苦悩しながらも懸命に生き抜いた姿です。見過ごされてきた彼らの群像を少しでも描けたことをうれしく思っています」