「わたしは科学技術が専門のフリーライターとしてこれまで仕事をしてきたのですが、ここ3年近く認知症の母の介護に関わって、仕事ができず収入がかなり落ち込んでいました。母を施設に入れて一段落したので、そろそろ仕事を再開しなくてはと日経ビジネスの担当に相談したら、その介護の体験を書きましょうと言われたんです」
先日、『母さん、ごめん。』を刊行した松浦晋也さん。独身50代の男性の視点で、同居する母親の認知症発覚からはじまる体験を描いた本書は、松浦さんの仕事柄か、これまでの介護記と違って、筆致の冷静さが際立っている。
「認知症は、本当は徐々に悪化しているのでしょうが、介護者の体感としては一定の期間が過ぎるとガクンと悪化します。そのガクンとくる期間を1章分として、各章で自分の体験、医療についてや、役立った情報などをかたまりとして入れるように意識しました。介護の途中からこれはネタになると、記録もすべて取っていました。大変なことになっている自分を、どこか客観的に見ている自分がいましたね」
インタビューでは落ち着いて語る松浦さんだが、本書で描かれている状況はかなりタフだ。
「介護のストレスは、ひとつひとつは大したことではないんです。ですが一滴一滴コップのなかに水が溜まるように積み重なっていきます。しかもしなければならないことが増えていき、終わりがない。家事も排泄の処理も、できないわけではないので、自分でやれると思っているうちに、追いつめられていってしまいます。私には連絡できる弟妹がいましたし、ケアマネージャーにも頻繁に相談していたので、最後は施設に入れる決断ができましたが、ずっとひとりで介護していたら、なかなかドラスティックな決断はできなかったかもしれません」
記事はWEB連載中から話題になり、コメント欄は大賑わいだったという。
「女性はずっと介護を担当してきたんだとのご指摘にはその通りと頭を垂れます。その一方で自分の体験を通じ、介護の問題は日本社会全体で考えねばと痛感しました。高齢者は増える一方で、財政や伝統を理由に介護を家族間にと主張する政治家もいますが、実際に介護のために家庭に入れば、その人の収入は途絶えます。日本のGDPもまた、それだけシュリンクしていく。将来的にみると現実的ではないですね」
『母さん、ごめん。』
好奇心旺盛で几帳面だった母が変わった。億劫がり、物忘れも頻発。「認知症」だった。同居する科学ジャーナリストの息子が自宅介護に奮闘するも、急激に進む症状に次々崩壊する対策プラン。余裕を失った彼はやがて……。今後日本に増加する独身者による高齢者介護の未来を先取りした、必読のノンフィクション。