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パンデミックも何のその

 不動産コンサルタントの牧野知弘は、著書『空き家問題』(祥伝社)の中で、次のように述べている。

「今どきの地方の若者。トラック運転手のような体にきつい仕事はまっぴらごめん。車両の運転でも、彼らが好んでやるアルバイトが宅配便の配達だそうです。(中略)親の年金は今のところ充実しているし、あくせく働かなくても家はある、車もある。」

 その指摘と添乗員の世界は、驚くほどにほとんど同じ構図である。

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 もちろん添乗員とひとくくりに言っても、いろいろな年齢層の人がいる。そして様々な事情をかかえて、生活を営んでいる。中にはコロナ危機によって仕事をすることができず、生活が破綻してしまった人もいる。

 その一方においてこの疫病禍を、たいして痛くも痒くもないと思っている人もいる。というよりも添乗員の中で、私の見るところ、実はそういう人たちが最も多数派なのである。

 牧野氏が指摘しているような環境下で、生活をしている人たちだ。寝る所も食べる物も確保されているので、悪性のはやり病も何のそのなのである。

観光旅行は、世の中が豊かで生活に余裕があるからこそのもの

 けれども彼ら彼女たちの大半が、いつまでもそのようなヌクヌク状態で生きていくことができるのかは、大いに疑問である。『空き家問題』では、こうも述べられている。

「すでに多くの自治体では高齢者比率が大幅に上昇しています。(中略)次々と亡くなる高齢者。亡くなれば生活の糧だった年金は消滅。親の年金をアテにした生活設計は崩壊。(中略)そのうち住んでいた親の家も老朽化して、維持修繕コストもかかってくる。そんなコストは負担できないので、家屋は加速度的に老朽化し、今まですべての問題を回避してきたツケが、一気に現実化してきます。」

 おそらく牧野氏は不動産の専門家として、「ツケが、一気に現実化」する事例を、数多く目の当たりにしてきたのであろう。それが「高齢者比率が大幅に上昇している」わが国の、残酷な現実なのである。

※写真はイメージです ©iStock.com

 そもそも観光旅行というのは、世の中が豊かで、生活に余裕があるからこそ、出かけられるものである。

 まして超高齢社会のわが国は、ヒマと小金を持ったシルバー世代層が、わんさかといる。だから旅行会社としては、まことに商売がしやすい世の中なのである。

 そのおこぼれにあずかって、添乗員もまた仕事に困ることもない。だから現在のところの日本は、添乗員にとって恵まれた国である。けれども多数派のヌクヌク添乗員にとって、気楽な稼業という砂時計の砂は、もはや残り少なくなりつつある。

 これは自戒をこめて言うのだが、豊かな社会に咲いた徒花めいたところのある職業。それが添乗員の実相なのかもしれない。

【前編を読む】不特定多数が乗車するツアーのバス内で…派遣添乗員が目にした旅行会社への“困ったクレーム”とは

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