昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「人生はぬるゲー」「月収50万円」「尊敬する人は西野亮廣」SNSで話題の“高校生クリエイター”のホンネ《イジメや不登校も経験》

 中学生にして大人以上の収入を手にする“おそるべき子供たち”が登場している。中学生時代に月収1000万円を稼いで話題になったキメラゴンさんもその1人。そして彼の周りには、やはり中高生の時からビジネスを志す人間が集まっていた。

 勝どきのタワーマンションでキメラゴンさんと同居していたコンドウハルキさん(17)だ。彼もまた「高校生クリエイター」として、SNSを中心に活発に活動している。

平均月収50万円、最高80万円

――コンドウさんはどんな仕事をされているんですか?

コンドウハルキ Webのデザイナーをやっています。主なクライアントはキメラゴン、オンライン教育や飲食店経営をしている迫佑樹さん、オンライン教育をしているかずくん、東京フリーランスさんなどです。稼ぎは今年に入ってからの平均で月50万円ぐらい。最高で80万円ぐらいです。

 その時は明日花キララさんのLINEマーケティングをしているWebマーケターの中村誠さんのセミナーのスライドを100枚30万円で引き受けたりしました。あとはSNS用のプロフィール画像を依頼されたり、六本木にあるシーシャバーの看板をつくったり。

コンドウハルキさん Ⓒ文藝春秋/撮影・宮崎慎之輔

 でも僕も貯金は全然貯まってなくて(笑)、支出もさすがに管理しなきゃなと思っています。最近だとタワマンから父が住むマンションへの引っ越し費用がかかったり、編集用のMacBookを買ったりしましたが、それ以外に特別な贅沢はしてないつもりなんですが。

 自分で稼いだ額は基本的に自分で管理しています。経理関係は母に手伝ってもらっていますけど、使うのは自分の意志ですべて決めています。

――どのような家庭だったんですか?

コンドウ 父は1部上場企業のエリートサラリーマンで、取締役までいったはずですが半沢直樹的な権力闘争に負けてその後は転々としながら仕事をしています。今はブライダル会社で副社長をしているみたいです。昔は家にいないことも多くて、母と妹と家族3人、母子家庭に近い状況でした。

 教育方針は「自分の力で生きていけるように」というのをいつも言われていました。その一環で、小学生の頃に4年間フィリピンのセブに母と妹と住んでいたこともあります。

――フィリピン生活から影響を受けた点はありますか?

コンドウ 母の仕事のつながりで、当時セブに住んでいたブロガーの坂内学さんを知りました。タイに住みながら何千万円も稼ぐことができて、ツイッターのフォロワー数が増えるといいことがあるらしい、ぐらいの軽いきっかけで自分もツイッターを始めました。

 小学6年生で帰国してからも、英語を忘れないように夏休みはフィリピンにいっていました。

 デザインに興味を持ったのもフィリピンでした。日本へ帰国後に、母がフィリピンで英語とITを学ぶ留学プログラムを運営していて、それに参加してHTMLとかPhotoshop、Illustratorなどのソフトに触れました。親が買ってくれたパソコンはしばらく放置してたんですけど、中2の時に「おとうさんスイッチ」というYouTubeチャンネルを見て、自分が使っていたPhotoshopでこんなことができるのか!と驚いたんです。スキルがあればどんなことができるのか、というビジョンが大事だと今は思います。