『中国「絶望」家族 「一人っ子政策」は中国をどう変えたか』(メイ・フォン 著 小谷まさ代 訳)

 なるほど、というのがまず率直な感想だ。「一人っ子政策」から中国社会を切り取れば見えてくる景色は縦にも横にも広い。両親が大陸からマレーシアに渡った華僑で、「もし大陸にいたらお前は生まれなかった」といわれて育った著者ならではの発想なのだろうか。

 八〇年代の留学生の私にも「一人っ子政策」は身近で、北京の薬局では避妊用のコンドームは無料で配布されていて、留学生はたいてい一度ならず面白がって膨らませて遊んだものだ。

 記者としては、「労働力として男手が不可欠」な農村の事情や中国社会の抜きがたい男尊女卑のせいで生まれてすぐ捨てられる女子を取材したこともある。経済発展により所得格差が開いた社会では、嬰児を買い取る金力を持った成金のために嬰児の誘拐ビジネスが深刻な問題となり、その実態も描いてきた。

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 だが、それらは表層の現象であり、問題には幹もあり、より深い根もあった。

 一人っ子であるが故に過剰な親の期待に苦しむ「小皇帝」たち、歪(いびつ)な男女比が生み出した結婚できない男たち、若者が抱えきれずに捨てられる老人、そして二人目が解禁されても生活に疲れてしまい第二子を持とうとしない夫婦。著者はそうした人々を訪ね歩き、人口抑制政策の後遺症で苦しむ社会の実態を暴き出す。

 蒙を啓かれたのは、中国で当たり前だと信じられてきた「一人っ子政策」の無謬性を本書が完全に崩している点だ。晩年に失政の多い毛沢東の残した負の遺産、多産化政策を「悪」とするあまり、人口抑制政策を手放しで肯定してきた誤りだ。

 白眉は、著者が「一人っ子政策」に深くメスを入れるきっかけとなった、二〇〇八年の四川大地震と人口抑制政策に深いつながりがあった事実を描き出す部分だ。実に読み応えがあった。

 少し前に出たエヴァン・オズノス氏の『ネオ・チャイナ』(白水社)もそうだが、元米紙特派員の本は秀逸だ。

メイ・フォン/マレーシア生まれの中国系アメリカ人ジャーナリスト。「ウォール・ストリート・ジャーナル」中国支局の記者として中国、香港の取材を担当。2007年、ピューリッツァー賞を受賞。現在は、米シンクタンク研究員。

とみさかさとし/1964年生まれ。ジャーナリスト。拓殖大学教授。著書に『中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由』など。

中国「絶望」家族: 「一人っ子政策」は中国をどう変えたか

メイ フォン(著),小谷 まさ代(翻訳)

草思社
2017年9月7日 発売

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