※こちらは公募企画「文春野球フレッシュオールスター2021」に届いた原稿のなかから出場権を獲得したコラムです。おもしろいと思ったら文末のHITボタンを押してください。

【出場者プロフィール】とびたつばさ(とびた・つばさ) 阪神タイガース 25歳。埼玉県出身だが某実況野球ゲームがきっかけで阪神ファンに。バッティングセンターで佐藤輝明ばりにフルスイングするも、背中を痛めて全治3日。仕事が上手くいったらこっそりラパンパラをするのがマイブーム。好きなジャスティンはボーア。

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 今年のタイガースは、2人の和製スラッガーがチームを牽引している。「ゴールデンルーキー・佐藤輝明」と「4番・大山悠輔」のコンビだ。豪快なフルスイングで本塁打を量産する佐藤輝の活躍はまさにペナントレースの首位を走る今の象徴とも言える。

 一方の大山は目立った成績こそ残っていないが、たとえ凡打でも犠牲フライや内野ゴロで確実に打点を稼ごうとする姿が印象的だ。大山の挙げた打点が決勝点になった試合も少なくない。佐藤輝が「ワクワクさせてくれる」打者なら、大山は「なんとかしてくれる」打者だ。

 ある日、同じタイガース好きの友人から、こんな話を聞いた。

「大山のお父さんはおそば屋さんらしいよ」

 なんでも故郷の茨城県下妻市でそば屋を経営しているとのこと。店の名前は「そば処きぬ」。4番の重圧に負けず、チームのためにコツコツ打点を重ねる大山。そのお父さんがそば屋なのは、なんともらしくて良いじゃないか。僕はお父さんの店に行くことにした。

大山悠輔

投手への声がけを欠かさない大山のようではないか

 常磐線快速の取手駅で下車し、関東鉄道常総線に乗り換える。ディーゼル車が走るローカル線だ。どこまでも広がる田園風景を眺めること約1時間、宗道駅に着いた。降りたのは僕ひとりだ。ここからは歩いて店を目指す。初夏の暑さは厳しかったが、時折吹く風は涼しく、青々と伸びた稲が揺れる音が心地良い。道沿いに歩くこと30分、灰色のそれらしき建物が視界に入ってきた。

 だが看板や店の入口を見渡しても、大山に関するものは何もない。もし前情報無しに訪れたら、お父さんの店だと気づかないだろう。確かに「そば処きぬ」とあるが、本当にここで合っているのだろうか。あたりを見回しても、周囲に他の飲食店はない。意を決してのれんをくぐってみる。

そば処きぬ ©とびたつばさ

「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」

 お店に入ってすぐ、大山と金本知憲前監督が映った写真が目に入った。おそらく入団会見後に撮影されたものだろう。写真の横には大山の背番号である3番が添えられたサインもあって、「きぬそばさんへ」と書かれていた。うん、ここで間違いない。自分の父親の店なのに「さん」付けをするところに、大山の几帳面な性格が現れている。

「きぬそばさんへ」と書かれたサイン色紙 ©とびたつばさ

 店に着いたのはちょうどお昼どきで、店内は地元の人や家族連れで賑わっていた。一目で虎党と分かるような人はおらず、ファンが集う店というよりは地域の人に親しまれる店という印象だ。店までの道のり同様、のどかな雰囲気を感じた。

 そばと親子丼のセットを注文して、改めて店の中を観察してみる。

 厨房では男の人が奥でひとり忙しそうにしていた。あれが大山のお父さんだろうか。目が似ている。見渡しても店内はいたって普通のそば屋だ。壁に大山のユニフォームが飾ってあることを除けば。しかも4着。今年の「ウル虎の夏」で着用した、トラの顔付きユニフォームもある。

 ユニフォームの下には写真が額縁に収められている。侍ジャパンの代表に選ばれた壮行試合の時の写真、初めて開幕スタメンに抜擢されて巨人の菅野智之からホームランを打った2018年の写真。その下には実際に使用したと思われるバットとグローブもある。

©とびたつばさ

 ていねいに飾られている品々を眺めていると、店員さんが話しかけてきた。

「暑いでしょう? お茶どうぞ。もう少しでできますからね」

 店が混雑していたにも関わらず、料理を待つ僕に対しての気遣いに思わず感激。

 これは、まるで内野で守っている時に投手への声がけを欠かさない大山のようではないか!

 今年から野手キャプテンに就任した大山は、投手がピンチを迎えた時にマウンドへ駆け寄って声をかける姿が印象的だ。高卒2年目の若手・及川雅貴がプロ初登板の試合でいきなり四球を与えてしまったとき、真っ先にマウンドに向かったのは大山だった。声がけで落ち着きを取り戻した及川はデビュー戦を見事無失点で抑え、その後チームは逆転勝ちを収めたのだった。