誰一人遼太を助けようとは言わなかった
「川の方にやって」
星哉は遼太の脇(わき)に手を入れて運ぼうとしたが、力の抜けた体は重くて動かすことができなかった。彼は靴底で蹴るようにして遼太を川へ転がした。血だらけの体は護岸斜面から落ち、仰向けになって止まった。傷ついた下半身が冷たい水につかっている。
「息してるか」と虎男は訊いた。
星哉が遼太の顔に耳を近づける。
「少ししてんな」
しかし、誰一人遼太を助けようとは言わなかった。
「帰ろう」
虎男はそう言って遼太が脱ぎ捨てた洋服を集め、剛に押しつけた。
「これ持って、チャリのところで待ってて」
剛は服を受け取り、先に現場を離れた。虎男と星哉は携帯のライトで地面を照らして遺留品が残っていないかどうかを確認した後、現場を去った。
3人は河川敷を離れると、星哉のマンションの方角へ向かった。自転車の籠(かご)には遼太の血だらけの服が入れられている。
最初に立ち寄ったのは、近所のコンビニだった。店の前で止まると、虎男は中に入ろうとせずに剛に言った。
「上着脱いで」
「え?」
「この金で、オイル買ってきて」
1000円札を差し出した。上着を脱ぐように命じ、自分は店内に入らなかったのは、防犯カメラを気にしてのことだった。剛はもらったお札を握りしめて1人で店に入り、言われた通りにライター用のオイルを2缶購入した。
次に向かったのは、200メートルほど離れた伊勢町第一公園だった。住宅街の公園としては広く、桜の木が何本も植えられている。中央にあるのは、三角屋根の公衆トイレだ。男子用は白いタイル、女子用は薄ピンクのタイルでわけられている。
午前3時前の公園は静まり返っていた。虎男は人影がないのを確かめてから自転車を止め、またも剛に命じた。
「カミソンの服、トイレに持って行ってくれね」
剛は、遼太の服やスニーカーをひとまとめにして抱え、女子トイレに運んだ。その際、遼太の服のポケットに入っていた財布やヘッドホンを取り出して自分のポケットとバッグに入れた。公判では「形見にしようと思った」と語っているが、盗むつもりだったのだろう。
女子トイレには和式の便器が1つあり、剛はそこに衣服を置いた。虎男と星哉が後からやってくる。