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1964年の山内一弘と2021年の佐藤輝明との共通点

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/08/14

 日本勢が大活躍したオリンピックが終わり、またペナントレースが始まります。現在の順位は、セ・リーグの1位が阪神で、パ・リーグの1位がオリックス。もしこのまま決まると、史上2度目の関西勢同士の日本シリーズとなります。

 では、前回の「関西ダービー」はいつだったのでしょうか。1964年、くしくも東京でオリンピックが行なわれた年です。西宮の甲子園球場を本拠地とする阪神タイガースと、難波の大阪球場を本拠地とする南海ホークスによる日本シリーズとなりました。ただ1964年の日本シリーズは、秋に開催された東京オリンピックの直前の、10月1日~10月10日に行なわれました。3勝3敗の五分で迎えた第7戦、スタンカが阪神を完封して南海が日本一となったのですが、東京オリンピック開幕日と重なってしまい、盛り上がりはいまいちだったようです。

「東京オリンピックが行なわれる年は、関西のチーム同士が日本シリーズを争う」。そんなジンクスを生むことができるでしょうか。1964年と2021年の共通点をさぐってみたところ、山内一弘選手と佐藤輝明選手の状況と成績が似ていることに気づきました。

佐藤輝明 ©時事通信社

NPB史上4位 衝撃を受けた山内一弘の残した数字

 山内一弘選手は1950年代・60年代前半を代表する外野手です。通算打率.295、396本塁打、1286打点。本塁打王2回、打点王4回。さらに、外野手通算捕殺数も史上1位です。

 ただ私、長い間「すごい成績だけど、NPB歴代トップクラスとはいいがたいよね。山内よりすごい外野手は10人近くいるのでは」と思っておりました。ところが最近、山内の通算RCWINを知り衝撃を受けました。RCWINとは、「平均的な打者と比べて打撃でチームの勝利数をいくつ増やしたか」を示す指標です。「日本プロ野球RCAA&PitchingRunまとめblog」というサイトによると、山内の通算RCWINは65.68で史上4位。山内より上にいるのは王、張本、長嶋だけ。落合や野村、山本浩二よりも上なのです。ちなみに、現役選手でいちばんRCWINが高いのは、37.51の柳田です(2020年までの集計)。

山内一弘

 1952年に毎日オリオンズ(現ロッテ)に入団した山内は、1960年に本塁打と打点の二冠王に輝いてチームの優勝に貢献し、最高殊勲選手に選ばれるなど、オリオンズの「ミサイル打線」の中心選手として活躍します。しかし1963年のオフ、小山正明とのトレードで阪神に移籍。31歳の四番打者と29歳のエースの交換は「世紀のトレード」と言われました。

 移籍前年の山内の成績は、.283、33本。OPS(出塁率+長打率。8割あれば優秀).918という見事な成績でした。一方の小山正明は14勝14敗、防御率3.59といまいちでしたが、その前年(1962年)は27勝11敗、防御率1.66。なんと13完封をマークしており、リーグ優勝に大きく貢献しています。この二人を交換するというのは確かに驚くべきことで、今のNPBでいうと菅野と柳田をトレードするようなものでしょうか。

 結果的にこのトレードは阪神にとって吉と出ました。1964年の山内は、前年より成績を落としたものの、140試合に出場して.257 、31本、94打点、10盗塁。 OPS.846はチームトップで、2年ぶりのリーグ優勝の原動力となったのです。南海に惜しくも敗れた日本シリーズでも、.360、2本塁打の活躍で、敢闘選手に選ばれています。