息子の一日(小5・錦林ジュニア所属)が「飛ぶバット」を買った。軟式野球経験者のみなさんにはおなじみのアレだ。
未経験の方には想像もつかないかもしれない。表面がやわらかいバットなど。じっさい触ってみるとたしかにやわらかい。指で押したら、ぎゅっぎゅっとへこむ。ちょうど頭皮マッサージくらいの感触だろうか。
「飛ぶバット」とは、つまり「ビヨンドマックス」のこと。ミズノ社から、機能・形状ともさまざまなモデルが出ている。
少年たちは「ビヨンド」と呼ぶ。他社からも、同じようなつくりの「飛ぶバット」が出てはいるが、野球少年たちは、ふだんの会話をきいているかぎり、それらを全部まとめて「ビヨンド」と呼んでいる。
少年野球でもともと主流だった金属バットは、素材が基本アルミニウムだ。アルミに銅や亜鉛、マグネシウムなどを混ぜた合金でパイプをつくり、厚みを調整した上でカットし焼き入れを施す。
「飛ぶバット」が誕生するまで
金属バットは、日本ではじめて実用化された。甲子園でのあの打球音は、風鈴と蝉にならぶ夏の風物詩となった。
アメリカでは、打球の速さ・強さから事故が多発し、現行の金属バットは、木製と同じ反発係数までおさえるよう規制されている。
日本の高校野球でも、最大径をこれまでより細くしたり、重さを900g以上としたりと、規制を強化する流れにある。
アメリカでも高校野球でも、ボールはいうまでもなく硬球を使う。ジャストミートした打球は、速くて避けきれないし、ぶつかったら大けがにつながる。
軟球はどうだろうか。
全日本軟式野球連盟からミズノに、「飛ぶバット」の開発・研究をはじめてほしいと要請があったのは2000年のこと。
軟式野球は、少年、学生、社会人と、レベルが上がるにつれ、より「投高打低」になる傾向がある。
投手の体格はあがり、速球のスピードは増し、変化球のキレも球種もふえるのに比べ、打者のスキルやパワーがあがろうが、たとえば阪神の4番打者(当時は新庄剛志)がジャストミートしたって、そもそも軟球は、飛距離が出にくいように作られている。
せいぜい内野の頭をこえるぐらい。フェンス越え、外野のあいだを割っていく打球などめったにない。このままじゃ、軟式野球の魅力がどんどんすたれてしまう。
ミズノの技術者たちは頭を悩ませた。新しい木材をためし、合金の配合を変え、バットに筋を入れ、何千何万と軟球を打った。それでも飛ばない。
ミズノの技術者・木田敏彰さんは、なんで飛ばないか、と考えた。そしてハイスピードカメラで、打った瞬間の軟球のかたちを撮影してみた。ぺしゃんこに歪んでいた。
こんなかたちだから飛ばないのか!
軟球を、最初っからまんまるいボールのかたちのまま飛ばすことができれば、まちがいなく、これまでより数割増しで遠くに飛ぶのではないか。
やわらかいボールがぺしゃんこに歪むのはかたいバットで思いきり打つからだ。では、バットのほうをやわらかくすれば、どうだろう、と木田さんたちは考えた。まさしく発想の転換。常識のどんでん返し。
木田さんたちはバットの素材にFRP(繊維強化プラスティック)を用い、周囲にウレタンを巻いて、バッターボックスにはいった。飛んできたボールを、思いきり引っぱたいても、軟球はぺしゃんこに歪まず、まんまるい球体のまま外野まで飛んでいった。
「ビヨンドマックス」の産声を、グラウンドいっぱいに響かせて。