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「吉村家のラーメンのようなピッチャーになりたい」阪神・メッセンジャーをベイスターズファンが尊敬する理由

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/06/05

モヤシが好きだから……

 突然何を言い出すのか、という感じなのですが、私はラーメンの具材としての「モヤシ」がどうも好きになれません。

「モヤシ」は好きなんです。モヤシ炒めとか本当においしい。でも、ラーメンに入っているモヤシはどうも苦手なのです。たぶん、あの独特の歯触りで麺と絡み合い、麺をすする際の滑らかさを阻害するからでしょう。

 ということをずっと主張し続けていたのですが、誰からも相手にされず、「それはモヤシそのものが嫌いなんでしょ?」と言われるばかり。しまいには「モヤシ農家に謝れ」と糾弾される始末。

 そうじゃないのです。誤解です。ラーメンのモヤシが嫌なだけで、「モヤシ嫌い」ではないのです。辛いです。モヤシが好きだから……。

 そんな私をさらに追い詰めたのが「ラーメン二郎ブーム」です。

 ご存じの通り、二郎のラーメンには大量のモヤシが使われた野菜炒めが乗っており、通はさらに「野菜マシマシ」にして、チョモランマのように盛り上がったモヤシをわしわしと食します。

 もし私が「ラーメンのモヤシが苦手で」なんて言ったら、巷のジロリアン(二郎好きの人)に袋叩きにあうのではないか……。

 これからは「ラーメンのモヤシ嫌い」のことをひた隠しにして生きていこう。

 隠れキリシタンが心で泣きながら聖母マリアの像を踏みつけたように、何食わぬ顔でモヤシを平らげていこう。

 そう心に決めていました。

「あのメッセンジャーが」という錦の御旗

 そんなときでした。

「ラーメンのモヤシはいらない」と堂々と主張している救世主(メシア)が関西方面にいると耳にしたのは。

 その人の名はなんと、ランディ・メッセンジャー。阪神タイガースが誇るあの剛腕です。

 メッセ曰く、

「モヤシが入るとダシの味が変わってしまう気がする」。

 それを聞いた瞬間、心臓を貫かれたような気がしたものです。

 そうだ、私が言いたかったのはそれなんだ。

 モヤシは水分が多い。だから、スープを薄くしてしまう。歯触りとかそういうことではなく、それこそが「ラーメンのモヤシ」の本質的な問題だったのだ。

 大げさでなくその瞬間、「神が降臨した」と思いました。

 以来私は、討幕軍が手にした錦の御旗のごとく、ローマ教皇印の免罪符のごとく、「メッセンジャー」の名を高々と掲げるようになりました。

 今まで私の「ラーメンのモヤシ嫌い」を糾弾していた人々も、「でも、メッセンジャーもモヤシはいらないって言っているよ」と言うと皆、貝のように黙り込みました。

「あのメッセンジャーも同じなんだけど」と、しまいには冒頭に「あの」までつけるようになりました。

 私は堂々と「ラーメンのモヤシはいらない」と公言できるようになったのです。

 ベイスターズファンの私にとって、メッセンジャー投手は言うまでもなく「宿敵」。

 しかし、心の中では彼のことを「師匠」と呼ぶようになっていました。

メッセンジャー ©文藝春秋

「吉村家のようなピッチャーにオレはなる!」

 そんな私に、さらに衝撃的な情報が飛び込んできました。

「メッセンジャーが好きなのは家系ラーメン」

「しかも、横浜が誇る『吉村家』の大ファン」

 ご存じの通り、家系とは横浜発祥のラーメンで、崎陽軒のシウマイと並ぶ、横浜のソウルフードです。

 その元祖であり、「総本山」と呼ばれる吉村家は、横浜駅からほど近いところにある人気店。ラビリンスのような横浜駅をジョイナス側の出口から出て南幸橋を渡り、ビックカメラを左に見つつ前進、かつて東急ハンズがあった場所を通り過ぎて大通りに出たら左に曲がると、常に行列ができているのですぐにわかります。

 その行列に律儀に並ぶメッセ師匠が何度も目撃されているそうです。

 ちなみに、メッセンジャー投手には自著『ランディ・メッセンジャー すべてはタイガースのために』(洋泉社)があります。現役外国人助っ人選手が日本で本を出すことがそもそも異例な上に、その第5章は「ぼくの大好きなもの~奥深きラーメンの世界~」になっているというなかなかホットに狂った一冊なのですが、ここにこんな一節があります。

「このラーメン(注・吉村家のラーメン)のような抜群の安定感を誇るピッチャーになりたい! 常にお客さんの期待に応えられるピッチャーになりたい! 吉村家のようなピッチャーにオレはなる!」

 つい、「師匠、正気ですか?」と言いたくなるほどの熱い告白。「野茂さんのようなピッチャーになりたい」「ランディ・ジョンソンのようなピッチャーを目指しています」と言うピッチャーはいても、「ラーメン屋のようなピッチャーになりたい」と言い切った人は古今東西、空前絶後でしょう。

 ちなみにこの本は全体のトーンがいかにも「外国人がしゃべっている風の日本語」になっていたり、「メンマのにおいは足の裏を連想させる」といった問題発言が散見されるなど読みどころ満載ですので、未読の方はぜひご一読ください。