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「大和は元気ですか?」なぜ大和選手はタイガースファンにもベイスターズファンにも愛されるのか

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/08/20

「FAなんてなければよかった」のか…?

 最近、初対面のタイガースファンの方と立て続けに会う機会がありました。

 そして、私がベイスターズファンだと知ると、二人とも口をそろえて同じ言葉を口にしたのです。

「大和は元気ですか」……と。

 大和とはもちろん、戦艦でもなければ漫画『俺物語!!』のヒロインでもなく、2017年オフにタイガースからベイスターズにFA移籍した、ゴールデングラブ賞受賞の「守備職人」前田大和選手のことです。

 私はこの言葉に衝撃を受けました。

 なぜか。

 それは、私が初対面のジャイアンツファンの方に、「○ジタニ選手は元気ですか?」と聞くことができただろうか、と考えると、とても平静な気持ちでは言えないだろうと思うからです。

「FAなんてなければよかったのに」とは、カープからタイガースに移籍した際の、新井貴浩選手の名言です。

 オリンピックの解説ではそのわかりやすさで名を挙げた新井さんですが、自らFAしておきながら発したこの言葉はさっぱり意味不明で、野球ファンをざわつかせました。

 でも、今ならわかる気がします。

 FAがなければ、FAで悩むこともない。自らを恥じ、「生まれてすみません」と言った太宰治の言葉に通ずる真理を、この言葉からは感じます。

阪神時代の大和 ©文藝春秋

大和選手に温かいタイガースファン

 今日の味方が明日の敵になるのがまさにFA。ベイスターズファンは長年、このFAに苦汁をなめさせられてきました。

 名前は挙げませんが、ホークスに行ったあの人や、ジャイアンツに行ったあの人や、ジャイアンツに行ったあの人や、ジャイアンツに行ったあの人や、ジャイアンツに行ったあの人など、今思い出すだけでも心穏やかではいられません。

 だからこそ、FAで出ていった選手は「触れてはならないもの」という印象が強かったわけです。

 にもかかわらず、タイガースファンはあっけらかんと「大和、元気ですか」と聞いてくる。

 この温かさは何だろう。

 もちろん、大和選手の移籍を快く思っていないタイガースファンの方もいると思います。でも、全体的に言えば、タイガースファンは大和選手にとても好意的だと感じるのです。

 移籍後初のタイガースとの練習試合で、タイガースファンが大和選手に大きな拍手を送っていたシーンは、今でも記憶に残っています。

 そして、ベイスターズファンは間違いなく、大和選手を愛しています。

 勝負強いバッティング。そしてもちろん、あの華麗な守備。

 なぜ、大和選手はタイガースファンからもベイスターズファンからも愛されるのか。

 そこで、周りにいるタイガースファンの方々に、大和選手についてリサーチしてみることにしました。

「全部金本のせいだ」

 文春野球タイガースチーム・ミシマ監督の見解は明快でした。

「大和の移籍は仕方がない。金本が悪いから」

 この話はほかにも、何人もの人から聞きました。

 当時、タイガースの金本監督が北條選手や糸原選手といった若手を優先的に使うことで、大和選手の出番が減少していた。これなら出場機会を求めて出て行っても仕方がない、ということです。

 数字を見てみると、確かに2015年の123試合出場から、16年111試合、17年100試合と年々出場試合数を減らしています。

 ただ、打席数では16年259打席、17年252打席と、言うほど減っていないような気もします。

 むしろ、FAの際に金本監督が大和選手を「積極的に引き止めなかった」ことが、その印象を強くしている気がします。

 ベイスターズファンの私には一生かかっても理解できないと思いますが、タイガースファンの方の金本監督への思いはあまりに複雑で、その反動が「大和選手の移籍は仕方がない」という思いにつながっているようです。

 そして、話を聞いていて感じたもう一つの理由、それは「ベイスターズならまぁいいか」ということ。

 それはもちろん、ベイスターズの成績もあるでしょうが、それ以上に「タイガースファンの人は、ジャイアンツ以外の球団のファンはわりと仲間だと思っている」ような気がするのです。

 大和選手の移籍初年度の2018年の春キャンプのことでした。

 ベイスターズのキャンプ地である宜野湾に、おそらくタイガースのキャンプ地・宜野座から来たと思われる、大和選手のユニフォームを着たタイガースファンの方がかなりいたのです。中には背中に「猛虎命」という立派な刺繍を入れているガチ勢の方もいます。

 これにはちょっと驚きました。

 私が他球団のキャンプを見に行く際はどこの球団のファンとも思われないような服装に着替えるのはもちろん、会話内容すら「今年の根尾は違う」「石川の投球術は年々円熟味を増している」など、その球団のファンのフリをすることを忘れないというのに。

 つまり、タイガースファンにとってベイスターズファンは「敵ではない」のでしょう。だからこそ、刺繡入りユニフォームで堂々とキャンプ地を歩くし、大和選手の応援もする。そういうことではないかと思うのです。

 もし、大和選手がジャイアンツに移籍していたら、それこそ蛇蝎のごとく憎まれていた気がします。