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「間違いなく、アスリートの人生でもっとも大きな成果であり名誉です。今の気持ちをどう表現したらいいのかわかりませんが、感謝の思いでいっぱいです」

 大役を終えたあとSNSにそう綴り、その感動に酔いしれた。

『多様性と調和』のアイコンとして選ばれたが…

 極秘の依頼を大坂自身が知ったのは、今年3月のことだったという。全豪オープンでグランドスラム4つ目のタイトルを獲得して間もない頃ということになる。

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 最終点火者をそのオリンピックに出場する現役選手が務めた例はわずかだ。近いところでは、2000年のシドニー五輪でオーストラリアの先住民族であるアボリジニの陸上選手、キャシー・フリーマンがいるが、彼女はすでに2度の五輪経験があり銀メダルも獲得していた。五輪での実績がまったくない大坂の起用は、異例中の異例といっていい。

聖火リレーの最終走者を務めた大坂なおみ ©JMPA

 しかし、大会の基本コンセプトの一つとして『多様性と調和』を掲げる東京五輪にとって、世界的な知名度や発信力も合わせて大坂ほどふさわしい人物はいなかったかもしれない。女性であることも望ましかった。3月といえばすでに、大会組織委員会の元会長・森喜朗氏の女性蔑視発言が招いた騒動により、ジェンダー・ギャップに対する日本人の遅れた意識が浮き彫りになってもいた。

 シドニーでフリーマンが金メダルを獲得したように、大坂にも壮大なシナリオが描かれていたに違いない。しかし聖火台にもっとも近い場所にいたあの夜から4日後、夢の舞台は3回戦敗退というかたちで幕が下ろされた。

大坂にとっては天候が災いした3回戦

 1回戦、これ以上はない立ち上がりで世界ランク52位の鄭賽賽(中国)を圧倒し、好調なサーブを維持して2回戦も世界ランク50位のビクトリア・ゴルビッチ(スイス)に快勝した。高温多湿のフロリダを長く拠点としてきたこともあり、過酷な東京の夏にも対応。もっとも暑い時間帯の試合でも、辛そうな表情すら見せなかった。

真っ赤なワンピースウェアに白いラケットで五輪に挑んだ大坂なおみ ©JMPA

 続く3回戦の相手は、チェコのマルケタ・ボンドロウソバ。現在は世界ランク42位だが、2019年の全仏オープンの準優勝者でその後14位までランキングを上げた時期もある左利きの22歳だ。要警戒の敵を前に、大坂にとっては天候が災いしたかもしれない。雨天のために屋根は閉じられ、空調をきかせた中での戦いは、暑さが苦にならないという大坂のアドバンテージを削いだだけでなく、ボンドロウソバの最大の武器であるドロップショットの精度を高めた。風の影響を受けやすい繊細なショットは、屋内環境でより有効だ。実際、大坂は要所でこのドロップショットに何度も苦しめられた。前日までとは一変してミスが増えたのは、屋根を閉めたことによって気温や湿度が変化した影響も考えられる。ボールの重さやバウンドが微妙に変わるからだ。