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 ただ、そうはいっても、日々変わる環境に対応していかなければならないのは今大会に限ったことではない。ハードコートの女王は、1−6、4−6というまさかの敗退にこう語ったという。

3回戦を戦う大坂なおみ ©JMPA

「私への期待の大きさは感じていたし、それは明らかにプレッシャーになった。オリンピックに出場したことがなかったからかもしれない。初めての年にしては(期待が)大きすぎた」

大坂に与えられた“嘘を覆い隠す役目”

 大坂が背負っていたものは、金メダルへの期待以上のものだった。開会式で大坂の存在に託されたメッセージは初めから十分重いものだったが、コロナ禍で疑問視される開幕が近づくにつれてその重みは増し、最後の数日にはもう抱えきれないほどだったのではないか。開会式の演出チームのメンバーの辞任や解任が続出し、その原因となった彼らの言動はいずれも「多様性を認め合う社会の実現」という理想とは程遠い日本の現実。開会式でどんな演出を見せたところで、そらぞらしさ、わざとらしさが見え隠れする。総仕上げに登場した作り物でない生身の大坂なおみには、そうした嘘を覆い隠す役目すら与えられたかのようだ。

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開会式で上がった花火を見上げる人びと ©JMPA

 しかし、この数ヶ月、大坂に戸惑いや躊躇は一切なかったという。エージェントのスチュアート・ドゥグッド氏は、「ためらいなどあるはずもないし、後悔もしていない。なおみのキャリアにとって非常に大きな名誉であり、後々まで記憶されるすばらしい出来事だった」と断言する。

 重圧の背景には、大坂自身の事情もあっただろう。5月の全仏オープンの直前に記者会見拒否宣言という爆弾級の<一石>をテニス界に投げ込み、大騒動の中で1回戦に勝利しながらも次戦の前に棄権。さらには、長く苦しめられていたうつ症状をSNSで告白し、「しばらくコートを離れるつもり」と告げてウィンブルドンも欠場した。今回が約2ヶ月ぶりの試合だったことに加え、例の記者会見問題のせいでメディアへの対応ぶりにも別の視点が加わった。

2021年6月1日の本人Twitterより

 それにしても、2ヶ月後に五輪の火を聖火台へと灯す自分の立場を知った上でのあの行動だったということに、あらためて驚愕する。ブラック・ライブズ・マター運動も然り、まるで自ら重圧の中に飛び込んでいくような大坂の挑戦の行き着く先はどこだろうか。ちなみに、「アスリートの心の健康にも配慮し、時代遅れのシステムを変えるべき」という主張は今も曲げていない。

大坂なおみ ©JMPA

 五輪のコートで最大の成果を得ることはできなかったが、テニスは休む間もなく夏のアメリカ・シーズンへと突入する。そのクライマックスは2年連続3度目の優勝がかかった全米オープンだ。大坂のコート内外での戦いは続く。