「僕が映画に出演させていただくのは人生で2度目で、前回(1999年『鉄道員(ぽっぽや)』に出演)から約20年ぶりになります。山田洋次監督の作品もたくさん見ていましたので、緊張感と不安を感じつつも撮影に入るのをとても楽しみにしています」
2020年1月下旬。山田洋次監督の最新作『キネマの神様』に志村けんが主演するというリリースが、意気込みを語るコメントと共に発表された。同月中旬にはNHK朝の連続テレビ小説『エール』に出演することも報じられていた。
いまだ条件反射的に「おこっちゃヤーヨ!」「アイーン」を口走り、やってしまうほど“志村”が染み付いている40代後半、そのうえ彼の故郷である東村山市在住者でもある筆者にとって、この“演技派俳優”という新たなフェーズへの移行を予感させるニュースには驚き、喜び、震えた。
志村が演じるはずだった「50年後のゴウ」
無類のギャンブル好きで借金を重ね、酒に溺れ、妻や娘に迷惑ばかりかけているゴウこと円山郷直。そんな彼が愛してやまないのが映画で、かつては松竹撮影所の助監督として働く青年(青年期を演じるのは菅田将暉)だった。映写技師のテラシンこと寺林新太郎(野田洋次郎)、スター女優の桂園子(北川景子)、撮影所の面々が贔屓にしていた食堂の娘だった淑子(永野芽郁)らに囲まれて夢を追う彼に、脚本を手掛けた『キネマの神様』で監督デビューを果たすチャンスが。だが、撮影初日にスタジオで事故を起こして大怪我を負ったうえに制作は中止に。それから約50年、『キネマの神様』の脚本が思わぬ形で日の目を見たことにより、ゴウの運命は大きく変わっていく……。
志村が演じるはずだったのが、50年後のゴウ。「全世代の人たちから愛されるゴウになるだろう」という制作陣の確信から決まった配役だったが、志村は『鉄道員(ぽっぽや)』の出演シーンを観てから映画には出ないと決めていることが知られていた。監督の山田洋次もいきなり志村に映画の主演を任せていいものか、何度もテストを繰り返す自分のスタイルを納得してくれるかを案じていたという(※1)。
プロデューサーたちが9カ月にわたって粘り強く動き、志村けん主演による『キネマの神様』が撮影に向けて動き出す。2020年1月下旬のリリース発表、衣装合わせ、脚本の読み合わせを経て、志村がゴウを演じる現代パートの撮影が始まろうとした3月24日に彼が体調不良だという連絡が入り、3月26日には所属事務所イザワオフィスから出演辞退が申し出され、あの3月29日を迎えてしまう。