開会式直前の関係者“辞任ドミノ”に始まり、メダル候補のまさかの敗戦やダークホースによる下馬評を覆しての戴冠劇、コロナ禍で開催され、明暗含めて多くの話題を呼んだ東京オリンピック。ついにその長い戦いも閉幕しました。そこで、オリンピック期間中(7月23日~8月8日)の掲載記事の中から、文春オンラインで反響の大きかった記事を再公開します。(初公開日 2021年8月6日)。
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シュッ、シュッ、シュッ! 白い道着をまとった凛々しい女性が宙を鋭く睨み、瞬時に動かす手足で空気を鋭く引き裂く。あまりの切れ味に、空気の粒子から鮮血が迸ってきそうだった。
空手の「KATA(形)」決勝戦で、清水希容(27)は世界ランク1位のサンドラ・サンチェス(スペイン)に僅差で敗れ、銀メダルに終わった。空手界の“綾瀬はるか”と言われる清水は、試合直後のテレビインタビューで悔しさを押し殺し、懸命に笑顔を作った。
「予選の時のようなリズムに乗れなかった。ちょっと焦ってしまい、足場がふらついてしまいました。武道の聖地の母国でどうしても勝ちたかった。ここまで来るまでたくさんの方に応援いただいたので、勝って恩返しがしたかった」
笑顔の表情から汗と涙が滴り落ちる。それでも最後まで、言葉には一語の乱れもなかった。改めて、武道家の強靭な精神を垣間見た思いがした。
予選、決勝を通し、清水の切れのいい演武を見つつ、かつて彼女が語っていた言葉を思い起こした。
「神経の隅々まで集中させないと、いい演武はできません。人間の筋肉は400~600ほどの部位があると言われていますが、それを瞬時に繋げるように神経回路を鍛えておかないと、切れや所作の美しさは生み出せないんです。そもそも人間が本来持っている能力を目覚めさせることが、空手の奥義でもあるんです」
こうも語っていた。