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「心臓が飛び出るかと…」マリンスタジアム名物場内アナウンス担当・谷保恵美さんが語るあの試合

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/09/03

「心臓が飛び出るかと思うほど緊張しました。けど、ここでの声の通りとかをもう少し研究しないといけないと思いました」

 91年7月23日のある新聞記事に掲載されていたコメントだ。コメントの主はZOZOマリンスタジアムの場内アナウンス担当として有名な谷保恵美さん。現在、場内アナウンス担当をして31年目でファンなら誰でも知る名物ウグイス嬢だが、このころは北海道から上京してきたばかりの22歳。場内アナウンス担当として当時の本拠地川崎球場でデビューした頃のことだ。そしてこの記事は千葉マリンスタジアム(当時)で行われたジュニアオールスターに関するものである。

「まだロッテが移転前の1991年7月22日にジュニアオールスターが行われてアナウンス担当をロッテが受け持つことになり、場内放送1年目にして大きな試合を担当することになりました。上手く試合進行できるか本当に心配で心配で、家で毎日選手の名前をブツブツ言っておりました」と谷保さんは懐かしそうに振り返る。

谷保恵美さん ©千葉ロッテマリーンズ

忘れられないマリンデビュー

 ロッテが本拠地を置く1年前の事。移転に向けた予行練習のような意味合いもあり、ロッテの球団スタッフがジュニアオールスターの運営の中心を担うことになった。そして谷保さんはこの時、マリンの放送室に初めて足を踏み入れた。

「第一印象は美しい球場だなぁーという事。そしてスタンドに行ってみると、どこの席に座ってみてもグラウンドがよく見えて野球観戦に最高だなーと思いました。そして球場の裏が海! 海の近さにビックリしました。放送室は広くてキレイ!! マイクの前に座ってドキドキしました」

 谷保さんは当時の印象を振り返る。ジュニアオールスターの始球式は地元千葉出身という事で長嶋茂雄氏が務め、華やかにスタート。先発は榎康弘・現ロッテアマチーフスカウト。3回を投げて被安打2、2奪三振、1失点という内容だった。

「注目の試合だったので、不安しかなかったのですが、オールイースタンの先発投手がロッテの榎康弘投手になり、榎選手も緊張するだろうな。自分も頑張ろうと、なんだか心強い思いになった事を思い出します。そして始球式が長嶋茂雄さんと事前にお聞きして、お名前を呼べるなんてなんて光栄なんだろうと感激しまして、お名前を呼ぶ練習を何度もしました。本当に『心臓が飛び出るかと思った』というのは私にはあの試合の時のことでした」と谷保さん。ちなみにプロ1年目の榎氏もマリン初マウンドでその後、引退までマリンで6勝を挙げることになる。現役引退をした後の05年に広報として谷保さんと同じ部署で働きチームの日本一を支えることになるというのもなにかの縁だ。

 このジュニアオールスターの翌92年からロッテは川崎から千葉に本拠地を移転。千葉ロッテマリーンズというチーム名で新たなスタートを切った。谷保さんも場内アナウンス担当のサブとして放送室に待機。初めてメインで担当をしたのは4月17日の西武戦。ロッテの先発は小宮山悟氏(現早稲田大学監督)。西武先発は工藤公康氏(現ソフトバンク監督)。試合は延長11回に7番サードでスタメン出場していた初芝清氏(現野球評論家)の左越えの一打でサヨナラ勝ちとなる。マリンデビューとなった谷保さんにとっても忘れられない思い出の試合だ。

92年4月17日のスタメン表 ©千葉ロッテマリーンズ