断っておくが、上記の有力メディアはなにも「フェイク情報を報じた」わけではない。流出説が否定されていない以上、その疑惑を追究するのは正当であり、その関連の情報を報じるのも正しい。ただ、それらの情報を専門の研究者たちがどう評価するかという議論までカバーして報じないと、不完全な疑惑だけが印象づけられてしまう。
しかし、この間の専門家の議論は比較的冷静だった。
流出説の根拠として提示されたいくつかの情報も、専門家たちの分析で客観的な証拠性は否定され、結局は「コロナの起源は不明」のまま推移した。一部に流出説を支持する声もあったものの、全体的には矛盾がより少ない自然発生説が優勢だった。
そういった専門家の声は、権威ある科学専門誌「ネイチャー」などで継続的に紹介された。新しいところでは、専門誌「サイエンス」が8月21日に掲載した「SARS-CoV-2の動物起源」という論文で、「最も可能性が高いのは動物から人間へのルート」と結論づけられている。同研究は英グラスゴー大学の専門家と中国の専門家の共同によるものだが、学術的に内容が認められなければ同誌には掲載されない。
また、専門誌「セル」編集部が公開した著名なウイルス学者21人の共同名義による9月16日号掲載予定の「SARS-CoV-2の起源:レビュー」では、両方の説の根拠情報を精査し、流出説の根拠とされた疑惑は科学的にほぼ根拠となっておらず、それに比べて自然発生のほうが証拠性をはるかに多く有しており、より合理的だと結論している。
科学ジャーナルの3大権威といわれる「ネイチャー」「サイエンス」「セル」のこうした判断をみても、現時点での科学界の見方は自然発生が第一候補ということだろう。
そこで冒頭で紹介した米情報機関の“レポート”だ。
実は「研究所流出疑惑」が大注目されていたなかで下された調査特命だったが、調査報告からはこの説が劣勢であることが読み取れる。
《コロナは生物兵器ではない。遺伝子操作で人工的に作られた可能性も低い》
《自然発生か研究所流出かは未解明だが、自然説は流出説より優勢――》
公表された要約文にはこうした内容が書かれていたが、それは科学界の見方とほぼ一致している。報告の主な論点は「現時点では情報が少なく、起源は解明できない」ことと、「中国が情報を開示すべき」ということで、日本の主要メディアも主に「コロナ起源の解明に至らなかった」ことを強調して報じているが、その結論に至ることは、科学界の議論からすれば当然のことだ。情報機関が独自に中国側の極秘資料を入手して決定的証拠を探し出すようなことでもなければ、分析は専門家に頼るしかない。