松本清張といえば鉄道、といってもよいほど、清張ミステリーと鉄道とは切っても切れない関係にある。JR全線を乗りつぶし、数ある作品を徹底的に読み込んで『清張鉄道1万3500キロ』を上梓した乗り鉄系元記者に、作品に登場する鉄道場面について素朴なものからややマニアックな疑問まで、質問してみた。
◆◆◆
Q1:そもそも「清張鉄道」とは?
A1 清張作品に登場する鉄道乗車場面の総累計であり、路線図でもあります。刑事事件の犯人が逃走のために乗ったり、それを追う刑事が駆け込んだり、不倫の愛を愉しむ男女が並んで座ったり、と様々です。古代史・時代ものやノンフィクションなどを除外した現代作品320編を調査しました。すると、外国も含めて168の作品に鉄道乗車場面が登場します。他の作家と比較したわけではありませんが、相当な数だと思います。
Q2:清張作品で最初にでてくる路線は?
A2 清張の第1作でもある『西郷札』の新橋―横浜(現在は桜木町)28.9キロです。主人公樋村雄吾が、東京から宮崎に向かう際、横浜まで列車、いわゆる陸蒸気(おかじょうき)で行き、そこから海路をたどり、神戸、瀬戸内海を経て大分県臼杵で上陸しました。登場人物がどんな交通手段を使ったのか、細かく書くのが清張の特徴の1つなのですが、第1作からそうだったのです。
ちなみに乗車場面は2種類に分けられます。作品世界で初めて登場する線区と、すでに登場した線区です。私はそれを「初乗り区間」「既乗区間」と呼び分けました。その初乗り区間をカウントし、積み上げたところ1万3500キロ余になりました。
Q3:もっとも長く鉄道乗車場面がでてくる作品は?
A3 個人の1旅程として際立って長いのは、『点と線』で汚職事件の容疑がかかる某省の石田部長で、部下を殺害した安田辰郎のアリバイ作りのため、上野から釧路まで、2夜連続の座席泊をしました。急行「十和田」、青函航路連絡船、急行「まりも」に乗り継ぎました。初乗り、既乗合せて1541.5キロです。しかし、『金環食』の新聞記者石内は礼文島で起きた日食の観測取材のため、5日がかりで稚内まで行きました。上野発と見れば、1545.8キロです。これが最長と思われます。
Q4:それでは、「初乗り路線」がもっとも長い登場人物は?
A4 『蒼い描点』の主人公である出版社編集部員の椎原典子です。彼女は変死事件の関係者を探して、上野から秋田県まで往復2日連続の夜行旅をするのですが、行きは東北、奥羽線、帰りは羽越、信越、上越、高崎の各線経由だったため、初乗り距離が一気に伸びました。彼女は秋田中央交通線や井の頭線の渋谷―東松原間にも乗り、初乗りが1162.6キロに達します。作品が「週刊明星」で連載されたころに、現皇后陛下の正田美智子さんの婚約、結婚が重なり、活躍、行動する女性に期待が高まった時期を反映しているのかもしれません。
Q5:初めて金沢まで鉄道で旅した登場人物は?
A5 『ゼロの焦点』の主人公の板根禎子です。今なら、北陸新幹線ですが、当時は上越線で新潟県・長岡まで行き、南下するコースでした。失踪した夫を探す板根禎子は、先述の椎原典子とは違うタイプなのですが、強い女です。長距離の夜行列車を独り行く点で共通しています。『清張鉄道1万3500キロ』ではこの頃の作品を括って「鉄路を急ぐ女たち」という章にしました。