著書からわかった、唯一の「芯」
もう1冊は『核兵器のない世界へ』(日経BP)である。これは原爆投下から75年目にあたる2020年に刊行したいとの思いで著したもの。ここで岸田は「核軍縮」「平和国家」を論じる。こうした平和や理想を説く者を「お花畑」と揶揄し「サヨク」扱いする、すなわち国際政治の複雑さを前に理想を空疎なものとして冷笑するのが当世だ。しかし岸田はそうした理想を「現実政治」の中で取り組む姿勢を見せる。
これは広島をルーツとする家系に生まれ、外務大臣として戦後初となる米国大統領の広島訪問を実現させ、また「吉田ドクトリン」の吉田茂の系譜に連なる派閥に属してきた岸田の、そうした自らの背景に深く根ざした政治キャリアの到達点であるように読める。
しかし、だ。
今年8月の原爆記念日に行われた広島での平和記念式典で、菅は「原稿がノリでくっついた」という理由で、あいさつの一部を読み飛ばした。それは「核兵器のない世界の実現」「核兵器の非人道性」について語る箇所であった。
期せずしてそれは、岸田が自著に思いを込めて綴る、「『核なき世界』ではなく、『核兵器のない世界』という言葉に拘っている大きな理由は核兵器が持つ『非人道性』を確実に世界に対して訴えたいからなのです」と重なる部分でもあった。
だからといって岸田は、菅が読み飛ばしたことについて物申すことはなかった。これでは記者に自分で書いた本の主張(「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然」等)を読み上げられ、「これを本に記していた政治家は誰かわかるか」と聞かれて、「知らない」と平然と答えた菅(注3)と同類ではないか。
出馬表明後の岸田は、憲法改正への意欲を示し、夫婦別姓についても慎重な姿勢を見せるなど、自民党のツボを押さえるための発信に抜かりはない。
ところが岸田は今年3月に発足した夫婦別姓を推進するための議員連盟の呼びかけ人でもあった。
このように国民に向けた理念・主張をあっさりと引っ込めてしまうあたり、岸田は菅を永田町の優等生キャラにしただけなのかもしれない。
(注1) 時事ドットコム 2020年10月4日
(注2) 日刊スポーツ WEB版 2020年9月13日
(注3) 朝日新聞デジタル 2017年8月8日