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泣けるほど悔しいと思えるか?

 その上で、投手にとって勝負所で一番大切なのは「集中力」と「負けん気」だと松沼さんは言う。

「俺はこれだけやったんだ」「人に負けないだけ練習したんだ」というものを持ってマウンドに上がる。負けない、逃げない、絶対に抑えてやるという気持ちで打者と対峙する。

 そうやって本気で勝負しなければ、自分に足りないものすら見えてこない。

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 例えば、打球に対する意識ひとつとってもそうだ。本気で点を取られてはいけないと思えば、投げた後は野手になる意識が出る。その意識を常に持てるか。ピッチャーライナーも「当たらなくてよかった」では進歩がない。捕る準備ができているか。

 松沼さんの言う「負けん気」は、ただがむしゃらに向かっていくだけのことではない。本気で勝ちたいと思ったら、準備が必要だ。そこを問うているのだ。

 余談だが、1979年には新人王を獲得し、6度の2桁勝利で通算112勝を挙げている松沼さんですら、現役時代は「常に(ローテーションの)6番目だと思っていた」と言う。東尾修、工藤公康、渡辺久信、郭泰源と、名だたるエースたちと現役時代を共にしたせいもあろうが、それでも6番目とは驚きだ。

「マウンドに上がったらそんなことは思わないけど、普段は『6番目。一歩間違えたらファーム』と思っていた。常に危機感。実際に根本監督、森監督の時は『何かあれば代える』と言われていたし。だからマウンドに上がるのが嫌で嫌で。ガタガタ震えながらマウンドに上がっていたよ」と笑いながら明かす。

 それでも「仕事だ」と思って、練習をし、準備をして試合に挑む。プロ野球選手とは過酷なものだが、その過酷さに向き合い続ける人だけが輝ける舞台だからこそ、我々ファンは心を動かされるのだろう。

 今年のライオンズの戦いは、正直に言って物足りない。ここ数年強かったから余計にそう感じるのかもしれない。でも、そうじゃない。何かが違う。

 勝てないから応援しないかというと、ファンというのはそんな薄情なものではない。ないから、もどかしい。仮に負けるにしても、最後まで手に汗握っていたい。選手・チームの本気を感じる試合が見たいのだ。

 2018年10月21日、CSファイナルステージ第5戦、ライオンズはリーグ優勝を果たしながら、ホークスに敗れ、日本シリーズ進出を逃した。

 あの時の辻発彦監督の涙を、忘れた者はいないだろう。

 今負けて、泣けるか。泣けるほど悔しいと思えるか。

 我々ファンも敗戦に慣れるつもりはない。コロナ禍で娯楽が限られる中、野球を見られるシーズンも残りわずかなのだ。残る10月のひと月、ライオンズには最後までもがいて、戦い抜いてほしい。戦い抜いて、熱い試合を見せてほしい。そして、大きな声では言えないけれど、中継しない文化放送を後悔させてほしい。

試合前にBACKYARD BUTCHERSへ出向く松沼博久さん。米野智人さん(中央)、寺島啓太アナウンサー(右)と。 ©黒川麻希

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