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『科捜研の女』が大きな転機に 沢口靖子(56)が駆け出し時代に抱えていた“苦悩”「容姿といった表面的なことだけでしか…」

2021/09/10
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『科捜研の女』が放送される木曜20時台はもともと、長らく時代劇が放送されてきた枠である。それが1999年よりミステリー調の現代劇の枠へと移行、本シリーズはその4作目としてスタートした。

『CSI:科学捜査班』より早かった

 90年代は、警察物のドラマに新風を吹き込む作品があいついで生まれた時代である。事件のトリックを解き明かすことに重点を置いた『古畑任三郎』が人気を博したかと思えば、『踊る大捜査線』は所轄と本庁の対立など警察の組織内におけるさまざまな人間関係を描いて大ヒットした。いずれもコメディの要素を取り入れた点でも共通する。テレビ朝日と東映の番組チームもこうした流れを多分に意識していたに違いない。そのことは、科学捜査に特化したドラマという、それまで海外でもあまり例のなかった領域に挑戦したことからもあきらかだ。ちなみにアメリカで同ジャンルの人気ドラマ『CSI:科学捜査班』が生まれたのは、『科捜研の女』の翌年である。

『科捜研の女』(1999年) 番組公式サイトより

『科捜研の女』はスタートしてからというもの、次々と生まれる新しい科学捜査の手法を貪欲に物語に取り込んできた。現実の世界におよぼした影響も小さくない。科学捜査で使われる機械は高額のため、実際の捜査現場では購入許可が下りにくいようだが、このシリーズで使用されたおかげで具体的な活用法がわかり、許可がもらえたというケースもあるらしい。また、最近では視聴者の少女から「科捜研に勤めるにはどうしたらいいんですか?」という問い合わせもたびたび局側に来るという(※3)。

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デビュー当初に「関西弁」で苦戦

 主演の沢口靖子にとっても、『科捜研の女』は大きな画期となった作品だ。大阪出身の沢口は19歳となる1984年、幼馴染の推薦で応募した「第1回東宝シンデレラ」でグランプリを受賞して芸能界にデビュー。翌85年にはNHKの連続テレビ小説『澪つくし』でヒロインを演じ、一気に世に知られるようになった。以来、多くのドラマや映画に出演したが、デビューして10年ぐらいはひたすらスケジュールをこなすだけで、一つ一つの仕事にきちんと向き合えてこなかった……とはある雑誌記事での本人の弁だ。同じ記事で彼女は、それでもやってこられた理由を、《きっと容姿といった表面的なことだけでしか役を任せてもらえていなかったということだと思います。俳優というのは、人間を表現していくもの。ただきれいとか美しいだけではない醜い部分もあってはじめて一人の人間があるのに、それを表現する役を与えてもらわなかったし、与えてもらってもできなかったでしょうし……。(笑)》と省みてもいる(※4)。

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 そうなってしまった一因としては、デビュー当初に関西弁を否定されたことが大きかったようだ。もともと演技の素養がないところへ、標準語を使いながら感情を込めて演技することを要求され、大きなプレッシャーとなった。これを克服すべく、普段から関西弁を使わないよう心がけ、郷里の親や友達への電話は控え、普段の会話でも周囲の人に「いま、関西弁が出た」とチェックしてもらったりもしたという。