1875(明治8)年に広島で生まれたスマは、山深い土地で自然に親しみながら育った。22歳で結婚すると、畑仕事や家業の船宿運営、4人の子育てなどに勤しんだ。子のうちのひとりが、のちに画家となる丸木位里である。
伸びやかな暮らしではあったが、70歳で原爆の被害に遭い、翌年に夫を亡くすという体験もしている。戦後に穏やかな日々を過ごしていたところ、家族に勧められて広告の裏や学習ノートに絵を描き始めた。周りがたいそうおもしろがってくれた。すると自分でもおもしろくなってきて、大きな紙に次々と描くようになっていった。
女流画家協会展などにも出品し注目され、77歳で初個展。没する81歳までに、約700点もの作品を残すこととなった。
慈しみと調和に満ちた作品世界
草木や動物たち、田舎の風景。丸木スマが描くのは、彼女の身近にある大好きなものばかり。感情を込めてそれらを描き、観る側も同じ気持ちになってもらえたらと純真に願った。
画面を通して「好き」の伝播をもくろんでいるのが、丸木スマの作品と言えそう。これは絵画の根源的なありように適っていると思われる。だからスマの絵は、これほど直接的に人の心を打つのだ。表現をするのに技術だの知識だのは二の次だと、はっきり示している。
80歳で描いた《簪》は縦175㎝横182㎝と、スマの絵のうちでも一番の大作。ネコ、イヌ、ウシ、トリ、サル、トンボや色とりどりの花、枝葉を伸ばす草木と大好きだった生きものがぎっしり描き込まれている。
大画面に収まりきらないほど身の回りに大好きなものが溢れていたとは、なんて幸せなことか。素朴なことこの上ない、けれど慈しみと調和に満ちた作品世界に、いつまでもいつまでも浸っていたくなる展示である。
INFORMATION
わしゃ、今が花よ 丸木スマ展
4月24日~9月28日
ベルナール・ビュフェ美術館
https://www.tokyoartbeat.com/event/2021/039D