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“解剖現場”では臭いが一気に広がり「ウワッ」となることも…法医学者が目にする孤独死体の“その後”を徹底ルポ!

『死体格差―異状死17万人の衝撃―』より #2

2021/10/18
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 日本では「8050問題」と呼ばれる問題も顕在化している。文字通り、80歳代の親と、ひきこもりなどの問題を抱えた50歳代の子どもの2人暮らし世帯という意味だ。未婚で親と同居している40~50代の数は、1995年の112万人から2010年は263万人、2015年には341万人と増加を続けている。こういう世帯が増えれば、「同居孤独死」の件数も増えることになるだろう。

 孤独死の取材もしてきた私の感触では、孤独死という言葉は、必ずしも実態を反映しているとは言えないかもしれない。なぜなら、1人で、部屋などで亡くなってからしばらく発見されることがないケースでは「孤独」ではない人も多いからだ。

 同じ屋根の下に暮らしていたり、近所に家族や親戚がいるケースもあり、決して社会的に身寄りもない「孤独」とは違うからだ。このあたりの定義もまだ曖昧なままである。

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「同居孤独死」の現場

 孤独死で発見された遺体はどう扱われるのだろうか。発見者はまず警察に連絡することになる。すると警察が現場に臨場し、遺体は解剖にまわされる可能性が高い。事件性の有無も調べる必要がある。

 法医学者らが扱う遺体の中でも腐敗している場合は、対処が異なってくる。まず臭いが強いからだ。その臭いは一度嗅いだら忘れないものである。私は、真夏の炎天下で腐った生ゴミの入ったゴミ袋から漂う甘酸っぱいような臭いを嗅ぐと、人の腐敗臭を思い出す。

 ある元監察医はこう語る。

「お腹にはガスが溜まるので切って開けたときに、その臭いが一気に広がり『ウワッ』となることもある」

 こんな死因究明の現場に立ち会ったことがある。70歳代の男性が訪ねてきた介護士によって発見された。布団の中で、仰向きで亡くなっていた。遺体は腐敗が始まっていた。

 現場検証をした警察は、死体には争った形跡も外傷もなかったが、発見状況、現場の状況、死体所見などで死因が判然としないために、司法解剖を実施することに決めた。

警察が用意した現場の写真なども、重要なヒントに

 朝の9時には、納体袋に入った遺体が解剖室に運び込まれた。解剖室の隣にある事務所で、警察の検視官などがこの日に執刀する法医学者に状況を事細かに説明する。法医学者も既往歴から服用していた薬などについて質問し、検視官による説明にさらに突っ込んだ質問を行なっていく。警察が用意した現場の写真などもじっくりとチェックする。そうした細かな情報を把握することで、解剖時の死因究明には重要なヒントになるのである。

 説明によれば、この男性には同居する中年の息子がいた。だが少し知的障害があったため、おそらく、父親が死亡していることに気が付いて、姿を消し、行方不明になったとみられていた。また男性は数年前に脳梗塞で入院したことがあったが、その後、病院には行きたくないと主張して、通院を止めてしまっていた。

「では行きましょう」

 法医学者が一言発すると、検視官らは「よろしくお願いします」と席を立つ。そしてともに解剖室に移動する。