捜査員が空港に行き迎えに出ていたのだが……
早々に父親と義理の姉が来日することになった。連絡を受けた捜査員は、来日予定当日、到着予定の時間より早く空港に行き、迎えに出ていた。「ところが」と当時を知る捜査関係者は話す。
「搭乗予定の便が到着し、他の乗客がすべて出てきたのに、いつまで待っても彼らが出てこない。さすがにこれはおかしいと入管に確認したところ、彼らは前日に日本に入国していた」
捜査員の感覚でいえば彼らは遺族であり、出迎え予定の警察を無視し、勝手に入国し、遺体を放置するなど想定外。相手は予定通りの行動をするはずと思い込んでいた。だがビザがおりた2人は、領事官が用意したチケットを手に、自分たちで予約便を変更して来日し、行方をくらました。彼らは犯罪者でも被疑者でもないため、領事官がチケットを管理し、搭乗までを確認する必要はなかったのだ。
「死んだ息子の亡骸を引き取っても、仕方がないと思ったらしい。父親は歳だからあまり働けないが、義姉はまだ若いから日本で稼げるだろう。貧乏な自分たちが日本に来られるチャンスなどもう2度とない。そう考えたようだ」(前出の捜査関係者)
日本に住む外国人同士は情報伝達のスピードが早い
この事態に困惑したのは外務省だ。このままでは不法滞在される怖れがある。入国を見逃したのは警視庁の不祥事だと非難した。警視庁としては何としてもビザの期限内に2人を探しだし、面子を取り戻さなければならない。捜査員らは聞き込みを始め、外国人ネットワークに接触、情報提供を求めた。日本に住む外国人同士のネットワークは日本人には想像できないほどコミュニケーションが発達し、情報伝達のスピードが速いと聞く。
中でも中国人の情報網は、出身地や地域によって民族も言葉も違うという特殊な面もある分、密接につながり、日本人が接触するのは難しい。警察といえども、相手が信頼に足る人物でなければ彼らは情報を渡さない。誰がネットワークに接触するかが、情報収集のカギとなる。この時は、すぐに日本在住の中国人女性から、有力な手がかりがもたらされた。彼女はその日、成田空港に友人を出迎えに行き、不思議な2人連れを目撃したと証言した。
「ゲートから背の低いみすぼらしいおじさんと、ジャージー姿の若い女性が出てきた。彼らはトランクも何も荷物一つ持っていなかった。あれは絶対に旅行者ではない。たぶん、探している人たちだと思う」
まだ中国人の来日は制限され、観光ビザの発給も団体旅行のみ、それもある程度預金がなければ取得できなかった頃だ。そのため金に余裕がある中国人がどんな格好で日本に遊びに来るのか、だいたいの想像はできたらしい。