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若きバファローズに試練を与え、同時に鍛えてもくれた“吉田正尚不在”の24日間

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/10/01

 9月28日(火)、29日(水)とZOZOマリンスタジアムでのオリックスvsロッテ戦を観戦してきた。激アツの首位決戦2試合を現地で。5−2、15−2と難敵ロッテさん相手に連勝。「ちば盛り焼きそば」「千葉もつ煮込み」「活ホンビノス貝の酒蒸し」「みそ胡瓜」「アジフライ」も美味しゅうございました。さらにはT-岡田の通算200号逆転スリーラン、吉田正尚復帰初ヒット&初ホームラン、そして山崎颯一郎のプロ初勝利と会心の2試合を見終わって心地よい疲労感に包まれた現在が29日の深夜26時を少し回ったところだ。

 今年初めて参加させて頂いた「文春野球」のオリックスコラム。僕にとって今回が2021年レギュラーシーズンでは最後の登板となりそうだ。なので2021年のオリックスを総括したいのだがそんなこと出来るわけないじゃないですか。

 2021年9月30日(木)午前2時15分現在、我らがオリックスの今季残り試合が19試合。例年ならとっくの昔に消化試合期間でありオリックスファンの興味は毎年恒例の監督更迭騒動かドラフト会議くらいのものだ。今年は違う。残り19試合全試合を全身全霊で応援した後でなくては総括できそうもない。

 でも無情にも締切はやってくる。僕にできることは9月30日時点でのオリックス・バファローズの現在地を語ることくらいだ。

2021年のオリックス・バファローズはこれっぽっちも運なんて良くない

 長い低迷が続く万年Bクラスのプロ野球チームが突然1年間だけ躍進する時は大体が「妙に運がいい」時だ。新外国人が大当たりし、その年だけ主力に怪我人が一人も出ず、そんな気配など微塵もなかった選手が突然打点王クラスの勝負強さを発揮したり突然二桁勝利したりする。そしてミラクルな優勝を成し遂げた翌年はまたBクラスの定位置に帰っていく。プロ野球の歴史ではよくあることだ。

 今年のオリックスはどうだろう?

 ブランドン・ディクソンはコロナ禍で家族のために来日できず。ステファン・ロメロは不調な上にコロナ禍で家族のために帰国。スティーブン・モヤは年間通して不調。アダム・ジョーンズは代打で活路を見いだすも家庭の事情で帰国。グレン・スパークマンは不調で二軍調整。セサル・バルガスは登板わずか5試合で故障し抹消。外国人選手でまともな戦力になっているのはヒギンスただ一人。ラストスパートのための打撃の切り札として獲得したランヘル・ラベロにいたっては数試合ファームで調整して即一軍デビューのはずがファーム出場わずか9打席目の死球で痛恨の骨折。

 日本人選手に目を向けても、平野佳寿は首痛でしばらく離脱。山岡泰輔は右肘故障で長期離脱。大城滉二は右膝故障で長期離脱。T-岡田は死球でしばらく離脱。そして、西浦颯大は悲運の早すぎる引退……。

 断言できるが2021年のオリックス・バファローズはこれっぽっちも運なんて良くない。むしろコロナ禍であることを差し引いてもあり得ないほどの試練に見舞われている。ならば秋になっても全国のオリックスファンが幸せなプロ野球ライフを送れているのはなぜなのか? それは間違いなくオリックス・バファローズが強くなっているからだ。これは1年限りの砂上の楼閣などではない。僕らが観ている中嶋オリックスははるか先を見据えた進化の過程にいるのだ。その確かな手応えが観る側の僕らをさらに夢中にさせてくれる。だが野球の神様はなかなかに性格が悪い。

 9月に入っても優勝戦線の先頭を走っていたオリックスに今季最大の試練が訪れる。絶対的な主砲・吉田正尚の故障離脱である。正尚の離脱後すぐに首位陥落。オリックスが誇る「福宗正杉」が崩れた打線は得点能力を喪失したかのように沈黙し始めた。いつものオリックスならここで終戦していただろう。ズルズルと連敗し、ベンチは覇気を失い、定位置のBクラスに向けてまっしぐらだ。だが強力な指揮官が率いる今年のオリックスは違った。チームが勢いを失いかけたこの時、指揮官・中嶋聡は守勢に回ることなく全力のファイティングポーズを取った。老獪さをもたない未熟なチームが守勢に回ればもはや戦いにはならない。若く未熟なチームは前のめりに戦い続けるしかないのだ。

「この打席で紅林が覚醒するかもしれない」

 まず中嶋は優勝争いのまっただ中でプロ未勝利の山崎颯一郎を先発ローテーションに抜擢し続けた。投げても投げても援護がなくプロ初勝利は遠かったが、伝説の大エース斎藤和己を彷彿とさせる山崎の勇敢な投球スタイルは僕たち観る側にすら勇気をくれた。ましてやバックで守る野手たちをどれほど勇気づけたことかは想像に難くない。さらに極めつけは吉田正尚の代役だ。ポッカリと空いてしまった3番打者を日替わりで試した末の9月16日、中嶋聡が最終的に抜擢したのはまさかの19歳・紅林弘太郎だった。

19歳・紅林弘太郎

 僕は感動した。感動には前日の伏線がある。

 9月15日楽天戦。この日も正尚を欠くオリックス打線は相手先発・瀧中瞭太の巧みなピッチングに翻弄されお得意の序盤ゼロ行進。味方先発・山崎颯一郎もゼロ行進の力投を続けるが1点もやれないプレッシャーの中、5回に力尽き5失点。中継ぎも失点し8回終わって0−7。試合の勝敗は事実上決していた。最終回も2死一塁で打席には8番・紅林弘太郎。オリックス期待の強打者候補ではあるが、まだ選球眼が鍛えられておらず四球をほとんど奪えない「ベニー」紅林は内角高め速球でファウルを打たされ追い込まれたら外角スライダーかフォークで確実にアウトを取れる「安牌」でもある。寂しい完封劇もきちんと見届けようという長年のファンの義務感だけで僕はボンヤリ画面を眺めていた。

 楽天バッテリーは実績充分の豪腕リリーバー森原康平と百戦錬磨の炭谷銀仁朗。

「三球三振だな」。僕は紅林が打席に向かう姿を見ながらそう思った。

「スラッガーは一軍で300打席以上経験しなくては覚醒できない」というのが僕の強固な持論であり、この時点で紅林はすでに一軍350打席前後を経験していた。だが、高卒2年目の紅林の遊撃レギュラー抜擢は選手層が薄すぎるオリックス&勇敢すぎる監督・中嶋聡だからこそであり、ソフトバンクや西武であればいまだ二軍で修行していたであろう。紅林は強豪チームが一軍レギュラーに抜擢するには二軍での実績があまりに不足していた。その意味で紅林にとってオリックス入団と中嶋聡との出会いは強運だったと言える。ともかく9月15日時点での僕は「紅林が覚醒するのは来年か再来年になるだろうな」と感じていた。それくらい紅林は一軍の一流投手の攻めに易々と翻弄されていた。

 その最終打席。森原&炭谷バッテリーは今年すでに数百回は見てきたいつも通りの「ベニー料理」を開始した。

 初球は内角高めの速球でファウル。2球目も真ん中付近の速球に振り遅れファウル。

「はいはい、いつも通りいつも通り(笑)」

 僕は自宅のソファーに寝っ転がりながら未来のスラッガーの愛すべき未熟さを苦笑いと共に堪能していた。しかし、3球目、4球目、5球目、6球目……いつまで経っても紅林の打席は終わらない。ファウルに次ぐファウル。しかも時折混じる低めのボールになる変化球はきちんと見逃す。10球を超えたあたりでいつの間にか僕はソファーから起き上がりテレビ画面の目の前にきちんと座り、この19歳の少年を凝視していた。

「あれ? まだ終わらないの試合? どうせボロ負けなんでしょ?」

 結婚後に正真正銘のオリックスファンになってくれたうちの奥様が声をかけてきた。

「ちょっと見てごらんよ。この打席で紅林が覚醒するかもしれない」

 二人で並んで見始めても紅林の挑戦は終わらない。13球目、14球目、15球目と固唾を呑んで見守る。投手の森原康平の顔にあからさまに「いい加減、勘弁してくれよ」と書いてある。16球目の内角速球はきわどかった!(笑) 判定はボールでフルカウント。結局17球目を打って紅林はセンターフライに終わってゲームセット。試合は大差の完封負けだったが僕は奇妙な満足感を味わっていた。ずっと未熟だった19歳の若武者の人生の一大転機を目撃した気がしたからだ。