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体の全ての力が抜け、気がついた時にはロッカー裏に

 しかし、想いは叶わなかった。

 9回裏、サヨナラのランナー森本稀哲選手が走っているのがスローに見えたそうだ。

「あぁこれで今シーズン終わりか。勝てへんかったかぁ」

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 と頭に浮かんだ次の瞬間、人生最高潮の集中力で臨んでいた体の全ての力が抜けた。体の回路が全て狂った。こんな感覚は初めてだったそうだ。球場は日本ハムファンの歓声で大盛り上がりだったが、全く入って来なかった。一人だけ別世界にいる感覚だった。そこからの記憶は殆どないと言う。

 気がついた時にはロッカー裏にいた。ズレータ、カブレラに肩を担がれて運ばれたシーンはあまりにも強烈なインパクトをファンの記憶に残しているが、本人は誰に運ばれたのかも分からなかった。そこからもう一度現実が押し寄せてきて、嗚咽が止まらなかった。人生全てが終わったと思ったそうだ。

ズレータ、カブレラに肩を担がれて運ばれたシーン ©文藝春秋

 宿舎へ戻ってからは、いつものごとくクールダウンでエアロバイクを漕いでいた。

 無心だった。

 その姿を東トレーナーとコンディションコーチの山川さんが黙って見守ってくれていたが、東さんが泣きながら近づいてきた。

「よう頑張った。お疲れさん」

 その東さんの表情で、和巳さんの我慢していたものがもう一度溢れ出た。泣きながらバイクを漕いだ。

「その時の東さんの表情は今でもはっきり覚えているわ~」

 そう言った和巳さんの目には涙が浮かんでいた。

「うわ~この話するといつでも泣けるわ~!」と照れ隠しするように涙を拭っていた。僕ももちろんグッときていた。

 しかし、そこで僕は後悔した。こんなに心揺さぶられる貴重なお話を聞かせてもらってるのにも関わらず、僕は和巳さんのベッドに寝そべった状態で、スタートから話を聞いていたのだ。

 今更ムクっと起き上がるのも……今まで寝っ転がってた感が際立つ……。なので僕は、寝っ転がったまま体をピシッと伸ばしせめて行儀良く寝っ転がっているという状態を作り出し、引き続き話の続きに耳を傾けた。

自己嫌悪に陥るも……優しく迎えてくれたファンの温かさ

 和巳さんはそんな僕を気に留めることもなく、まだまだ話を続けてくれた。

「優勝出来なかったのは全て俺のせいやった」

 自己嫌悪に陥り、ホークス関係者にもチームメイトにもファンにも合わせる顔がないと感じ、次の日福岡へ帰る飛行機を一人だけ変更させてもらった。

 福岡へは帰らず、京都の家族や、友達に会いに行き、野球の事を考えないようにしていた。

 約1ヶ月後、ホークスファン感謝祭で久しぶりにファンの前に姿を現した。ファンの皆さんは、お前のせいでホークスが今年も優勝できなかった、って思ってるに違いない。それを受け入れるつもりだった。

 実際は違った。「和巳! お疲れ様!」。ファンの皆さんは優しく迎えてくれた。ファンの温かさは、あの時と同じだった。来年こそは。新たに決意を固めたが、それは叶わなかった。

 翌2007年シーズンには肩が悲鳴をあげリハビリ生活が始まった。結果的にマウンドに戻ることは出来なかった。2006年シーズンに無理していなければ、もしかしたらもう少し投げられていたかもしれない。しかし、和巳さんは言う。

「優勝できなかったという悔い残ってるけど、後悔は全くしていない」

 そして昔も今も思う。

「ファンの皆さんの力は絶大だ」

 そしてこう言葉を継いだ。

「自分は不器用でファンサービスは下手くそだったけどいつも感謝している」

 2021年シーズンのホークスは厳しい戦いが続いている。しかし、これはホークスが今後さらに強くなる為に野球の神様がくれたプレゼントだと思っている。

「ファンの声援はいつでも力になるから、ホークスがどんな状況でも最後まで応援して欲しい」と和巳さんは言った。

 その時、和巳さんはグラス傾けてレモン酎ハイをぐいっと飲み干した。

「もう何時よ? よし! そろそろ帰れ~!」

 照れ隠しのように放たれた言葉で、寝っ転がっていた僕も起き上がり感謝の意を伝え家路についた。

和巳さんと筆者の2ショット写真 ©ノボせもんなべ

 自分はここまで何かを背負って人生を賭けて勝負をしたことがあるだろうか? 自問自答していた。あそこまで全てを出し切ったからこそ2006年の和巳さんの勇姿が野球ファンの間で語り草になっているに違いない。

 僕自身お笑い芸人という道で全てを出し切り、語り草になるように、精進していくと心に誓った。あと、人の話を聞くときは寝っ転がらない方が良いという事も身をもって学んだ。

 今シーズンも残り僅か。我らの我らのソフトバンクホークスを最後の最後まで応援して共に選手の皆さんにパワーを送りましょう!

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