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「この話するといつでも泣ける」…元ソフトバンク・斉藤和巳が語る2006年プレーオフ、マウンドに崩れ落ちたあの日

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 熱い戦いも終盤戦を迎えているプロ野球。もう少しでクライマックスシリーズが始まる。今年はどんなドラマが生まれるのだろうか。

 毎年、この時期になると思い出すシーンがある。ホークスファンのみならずプロ野球ファンならご存知だろう。

 2006年10月12日日本ハムとのプレーオフ第2ステージ第2戦、札幌ドーム。奮闘虚しく敗れてしまった先発投手斉藤和巳さんが、マウンドに崩れ落ちたシーンだ。

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 当時大学生だった僕もテレビの前で同じように崩れ落ちた。(一緒にするな!)

 15年経った今でもしっかりと記憶に刻まれているし、あの時の映像が何度もメディアで流れている。それだけあの時の和巳さんはかっこよかった。(もちろん今も)

マウンドで崩れ落ちる斉藤和巳 ©文藝春秋

「初めてここまでしっかり人に話すかもしれへん」

 先日、和巳さんとお仕事でご一緒になった。仕事終わりに和巳さんのホテルで軽く飲もうという流れになり、昔からお世話になっている和巳さんと、お酒を飲みながら冗談話をつまみにしていた。

 途中お酒の力も後押しし、あの試合の事を根掘り葉掘り聞いてみた。和巳さんはレモン酎ハイ片手に話してくれた。

「初めてここまでしっかり人に話すかもしれへん」

 あの日の試合には色んな想いが込められていた。

 2004年シーズンからプレーオフ制度が導入され、2004、2005年シーズンと1位通過したもののプレーオフで負けてしまいリーグ優勝を逃した。

 そんな中行われた、2006年のWBC。侍ジャパンを率いたのは当時ホークスの監督でもあった王監督。和巳さんは、WBCで優勝した日本代表を祝福する反面、ホークスのユニフォームを着た王監督を俺が胴上げしなくてはいけないのに、という悔しい想いが込み上げていたそうだ。

 2006年春季キャンプが始まる時の声出しで和巳さんが発した言葉は

「王監督を世界一高く! 世界一多く! 胴上げします!」

 過去、プレーオフで1勝も出来ていない和巳さんは、キャンプの時からプレーオフまでの期間を戦える体作りに励んできた。

 さらに、ファンの皆さんに2年も残念な思いをさせている。自分たちは毎試合毎シーズンの反省を次に活かし、気持ちを切り替えることが出来るが、ファンの皆さんはどこにも気持ちを吐き出せずに2年連続モヤモヤした気持ちのままだ。いつも力をくれるファンの皆さんに3年もこんな思いをさせるわけにはいかない。

 和巳さんはこのシーズン優勝する為だったら「身を削る」という覚悟を決めた。

今でもはっきりと覚えている“博多駅での光景”

 そうして臨んだ2006年シーズン。シーズン中まさかの王監督がガンで戦列を離れた。王監督に良い報告をするためにも今年絶対優勝しないといけないという気持ちがより強くなった。

 結果的にはこのシーズンの和巳さんは最多勝利、最優秀防御率、最高勝率、最多奪三振の投手4冠のタイトルを獲得する大車輪の活躍だった。しかし、チームはシーズン3位通過。「プレーオフで勝ち上がり必ず優勝する」。そう気持ちを切り替え挑んだ。

 第1ステージでシーズン2位だった西武を破り、勝ち進んだ第2ステージ第2戦の日本ハム戦で先発登板した。

 2006年プレーオフはホームとビジターで途中球場が変わるシステムで、この試合勝てば福岡に帰れることになっていた。「福岡に帰れればなんとかなる」と和巳さんは確信していた。

 そんな時、思い出したのは2003年の阪神との日本シリーズだったという。

 ホークスは2勝3敗と甲子園で3連敗。失意の中、博多駅に戻ってきた。和巳さんは、ファンの皆さんをガッカリさせてしまった、という想いで胸が痛かった。きっと怒っているだろう。しかし新幹線を降りた和巳さんを迎えた光景は違った。

「今でもハッキリ覚えてるわ~」と語る和巳さんが当時見たのは、選手を激励するために博多駅に沢山のファンが押し寄せていた光景だった。

 改札を出て人垣の中を歩く間、何度も「頑張れ! 期待してるぞ!」と声をかけてくれた。タクシーに乗り込んだ後も「和巳頼んだぞー!」とファンが送り出してくれた。

「そのパワーが後押ししてくれた」

 ホークスはそこから2連勝して見事日本一になった。ファンの皆さんが一緒に戦っている大きい存在だと改めて実感した内弁慶シリーズだった。

 その出来事は当時を知る人の語り草になっていると言う和巳さんは、2006年の札幌ドームでのプレーオフでも「背負えるものは全部背負ってくる」ベンチでその言葉を残し、ファンの皆さんの想い、王監督への想いを背負ってマウンドへ向かった。

 ぶっ壊れても良い。そのくらいの覚悟だった。

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