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2021/10/13

テレビプロデューサーが天職

――佐久間さんがテレビ番組を作るときは、目の前の人、つまり視聴者をどのように想定していますか?

佐久間 テレビ番組の視聴者を考えるのはすごく難しくて、想定する視聴者の幅を広げすぎるとぼやけた番組になってしまうんです。凄い優秀な人はマーケティングで番組を作れるんですけど、僕の場合はデータに合わせて作っていくという方法が向いていなくて。自然と「自分が視聴者だったら、この時間帯にどんな番組を観たいか」と考えるようになった。やっぱり根底にあるのは、僕自身が“観たい”という気持ちです。

――テレビ業界の仕事はとにかく激務ですよね。佐久間さんにも「会社を辞めたい」と思うことはあったのでしょうか。

佐久間 会社を辞めたい、か。それって後ろ向きな気持ちですよね。仕事が大変だから会社を辞めたい、という発想はなかったです。自由な時間がほしくなったら、異動希望を出そうとは思いましたが。テレビ局内の部署異動って転職に近いですから。

――テレビプロデューサーをしながらラジオパーソナリティもされて、ここ数年は特に忙しかったのでは。

佐久間 そんなことないですよ。忙しさのピークは、深夜ドラマのADをやっていた入社1年目かな。結局、その時々に抱えている番組に大きく左右されるんです。海外ロケ番組と朝の情報番組とでは、全然違う。生活リズムが一変するんです。

 次に死ぬほど忙しかったのは、入社3年目でした。運よく『ナミダメ』という番組の企画が通って、初めてプロデューサーになったんです。当時の“感動至上主義”の風潮を逆手にとって、泣くこと自体をバラエティー化してやろうというのがテーマでした。『TVチャンピオン』ともう一つの番組のADを掛け持ちしていたので、徹夜続きの毎日でしたね。

©文藝春秋

――それだけ寝食を忘れて没頭できる「テレビプロデューサー」という仕事は、佐久間さんにとってやっぱり天職ですか?

佐久間 はい、そう思います。他の仕事に就いていたら、ワークライフバランスを大切にしたい時期があったかもしれない。でも、僕の場合は、仕事とプライベートがあまり分かれていなくて、“面白いものを観たい”という気持ちが全部、仕事に直結しているので。他の職業についていたら、ここまで自分の時間を仕事に投入していなかったんじゃないかな。

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