多くの人間の顔には“200万匹”近く、ある寄生虫が住み着いている。その名は「ニキビダニ(別名:顔ダニ)」。彼らはなぜ私たちの顔で暮らし、そしてどんな影響を及ぼしているのか? サイエンスライターの大谷智通氏による新刊『眠れなくなるほどキモい生き物』(集英社インターナショナル、イラスト:猫将軍)の一部を抜粋。世界中の70%の人間の顔に住み着く彼らの生態に迫る。
根本的な治療法のない「寄生虫妄想症」の恐怖
寄生虫妄想症という精神疾患がある。自分の体に、ダニ、シラミ、ノミ、蠕虫(ぜんちゅう)といった寄生虫がいるという妄想であり、患者は実際には存在しない小さな虫が体を這いまわり、皮ふを刺し、もぐり込み、体の中で毒を分泌している――そう強く思い込む。
マッチ箱などの容器に、身のまわりの土や埃(ほこり)、糸くず、髪の毛、はがれた皮ふ、かさぶたといった「標本」を集め、医師の元に持参することもある。
この疾患は脳で過剰になったドーパミンと関係しているという説があり、コカインやアンフェタミン(覚醒剤)といった薬物の乱用が症状を誘発するともいわれている。
映画やドラマなどでは、重度の薬物依存症患者を手っ取り早く表現する方法として「体の中に虫がいるんだよぉ!」と何もない腕などを搔きむしる演出が定番だ。
気のせいであるといえばそれまでのことではあるが、当人には実際に虫が体を這いまわるリアルな感覚があり、その感覚を取り除くために、皮ふを搔きむしったり、削ったり、ひどいときには切り刻んだりする。妄想のなかの虫から完全に逃れるために、自ら命を絶つ者もいる。
根本的な治療の方法はなく、深刻な病気といえる。
あなたの顔に住み着く「ニキビダニ」
「知らぬが仏」――そんな言葉が示すように、世のなかには知らなくてもなんの問題もないのに、知ると気になって仕方がなくなることがある。寄生虫妄想症の人にとって、そして、発症はしていないがその因子を持っている人にとって、これから述べる事実はまさに「知らぬが仏」であろう。
現実に、小さな虫は今まさにあなたの顔に存在しているのだ。
その小さな虫はニキビダニという。
正真正銘、妄想ではなく現実に存在する寄生虫だ。ダニといっても肌を刺して吸血する類いのものではなく、ヒトの顔面の毛包(もうほう)や皮脂腺に寄生し、死んだ細胞や皮脂などを食べて生きている。顔に寄生することから「顔ダニ」とも呼ばれており、ヒトの顔には1つの毛包に6~8匹の群れで寄生するニキビダニと皮脂腺の中に単独で寄生する体の短いコニキビダニの2種が生息している。