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日本ハム・栗山監督の最後の作品は“10勝投手・伊藤大海”だった

文春野球コラム ペナントレース2021

 ファイターズを取り巻く空気がガラッと変わって、僕も「新庄ビッグボス」の新しい熱狂のなかにいる。毎日、国頭秋季キャンプから届くニュースを追いかけて、早く次のシーズンが来ないかなと思いをはせている。

 ただそれでも夜遅く仕事に疲れてリビングのソファにごろんとなり、ぼんやり思い浮かべているのは過ぎ去ったシーズンのことだ。つい録りためた試合映像に見入って、あぁ、1シーズン色々あったなぁ、そうそう、この場面覚えている、と盛り上がっている。僕は生身だからそう一足飛びには変われない。まだ心のなかのファイターズは白マスク姿の栗山さんがフーディー着て戦況を見つめているのだ。ベンチには小笠原コーチや荒木コーチ、鶴岡兼任コーチがいて、いつもと変わらない。

伊藤大海がチームの不振をひとりで背負っているように見えた

 HDDに録りためた試合は伊藤大海の登板試合が多い。今季23試合(すべて先発、146イニング)投げて10勝9敗、防御率2.90。それだけ思い入れがあったのだ。伊藤大海の1シーズンをトレースすると今季のファイターズの苦闘が浮かび上がる。

 好投を重ねながら、味方エラーや救援失敗に阻まれて、初勝利が4月28日のソフトバンク戦までズレ込む。先発5試合目の勝利だから「5度目の正直」なんて見出しになった。録画を見ると初勝利の9回裏、クローザー杉浦がとんでもなく慎重に投げてて、こっちまで緊張が伝わってくる。何しろスコアは4対3、たった1点差なのだ。杉浦は4月21日のロッテ戦、岡大海にサヨナラホームランを食らって、伊藤の勝ちをフイにしたばかりだ。

 僕は伊藤大海が不憫でならなかった。せっかく新人が頑張っているのに何で先輩方は助けてやらない? 何で肝心なところでエラーする? 何でサヨナラホームランを食らう? 何で主力が軒並み不振で点が取れない? 何で自軍のホームラン数が記録的に少ない?

 伊藤大海がチームの不振をひとりで背負っているように見えた。だけど、表情を変えずに投げるんだ。もじゃもじゃの髪型を帽子で押さえて(最終的にはけっこうもじゃもじゃが伸びて「お茶の水博士」みたいなシルエットになった)。またロージンをいじるからその帽子のひさしに白い跡が付く。犯行現場で鑑識官が粉をぽんぽん振って指紋採取するくらいのことになっている。

伊藤大海

 伊藤大海は稀に見る新人だった。ふつうは「真直ぐがいい」「変化球でストライクが取れる」辺りで評価するものなのだ。それが自由自在、すべての球種がカウント球になり、決め球にもなる。特に2種類のスライダーの使い分けがいい。もちろん大前提にストレートのキレがある。目先を変え、打者に的を絞らせず、なおかつ攻めのピッチングができるのだ。これは捕手が組み立てを考えるのが楽しいピッチャーだ。1巡目はストレートで押していって、2巡目からは多彩な球種をまじえる。(学生時代、クローザー経験があるけれど)プロでは長いイニングを任せて大成させたい。

 勝てる投手(勝って自信をつけて勝って自信をつけて、さらに勝って自信をつける投手)に育てたい。

 それが4月から10月までずーっと最下位をさまよっていたチームには難しかった。打線が活発な年なら「打線が投手を育てる」現象が起きる。少々のミスは打線がカバーしてしまう。それが今年は望めなかった。じゃ、伊藤大海はどうしたかというとエース上沢直之と2枚看板の働きでチームを支えるのだ。チームでの存在感は新人のそれじゃない。上沢や伊藤で勝てなかったらもうしょうがないという空気が出来上がった。ファンも「予告先発・伊藤大海」をお目当てにした。