2ヵ月後に公開された『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝』
深淵を見つめる者を深淵が見つめ返し、心の闇に差しのべた手を闇から伸びた手が引き摺り込もうとするように事件は起きた。作品がその時代の精神、人の心に踏み込み、共鳴する観客の分母が増大するほど、「この作品は自分の中にあった思いを表現してくれた」という賞賛と、「それは本当は自分が表現するはずの思いだったのに」「自分の中にあったはずのものを盗まれた」という妄想が孤独な魂の中で入れ替わる危険は増える。
衝撃覚めやらぬ事件の2ヵ月後の2019年9月6日に、事件の前日に完成した映画『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -』は、期間限定公開として劇場で封切られた。京都アニメーションは代理人を通じて「藤田春香監督たっての願いで、制作に参加した全てのスタッフをクレジットすることとしました。本作もまた、災禍に見舞われたスタッフを含め、制作に参加した全員の生きた証しです」と明かした。これまでエンドロールに名を載せるのは1年以上の経験者だけだったが、この作品では犠牲者や負傷者を含めて、制作にかかわったスタッフ全ての名を流した。
事件から1年…投稿されたツイート
約1年後の2020年6月30日、京都アニメーションの公式ツイッターは【採用情報】と冠したツイートを投稿し、2021年度定期採用・通年採用の募集を開始したことを告知した。その告知は5000以上のリツイートでシェアされ、リプライはファンからの応援メッセージで埋め尽くされた。それは京都アニメーションが再起するため、再び観客に向けて手紙を書きはじめるための人材募集であることを、多くのファンが知っていたからだ。
【採用情報】
— 京都アニメーション (@kyoani) June 30, 2020
株式会社京都アニメーション 2021年度定期採用・通年採用の募集を開始しました。
エントリー受付は7月29日(水)午前10時まで。
熱意溢れる方のご応募を心よりお待ちしております!https://t.co/XhezbaiK7B
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、孤独とコミュニケーションの物語、切り落とされた両腕に鋼鉄の義手をつけて、生きた他者の感情と感情をつなぐ手紙を書く少女の物語だ。そしてまた同時に、孤独だった頃、まだ自分が人間であることを知らなかった頃に多くの人を殺してしまった兵士の贖罪の物語でもある。京都アニメーションが代表作のひとつである『聲の形』を作った時、ネットには「加害者と被害者を安易に和解させるな」という非難を叫ぶ声があふれた。だがその、加害者と被害者が向き合うテーマは『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』にも引き継がれている。
京都アニメーションから届く新しい手紙がいつになるのか、その手紙の内容がどんなものになるのかは、今はまだわからない。だがそれまでは、京都アニメーションがこれまで観客に届けてきた古い手紙、過去の作品たちを読み返しながら待っていたいと思う。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン エバー・アフター』の後書きで原作者は「『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、前にも書きましたが、『それでも生きる』という方を応援している物語です」と書く。それは他者とのコミュニケーションと、根気強いリハビリテーションの物語なのだ。加害者と被害者の魂、そして分断された僕たちの社会についての。
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