前出の赤木氏はこうした川嶋さんの活動について「川嶋先生以外の人には絶対にできないこと」と語る。
「『GONGOVA』に行った学生たちはみんな本当にいい経験をして価値観が変わって帰ってくるんです。20年以上活動されてきて、先生としてやりがいがあったのではないでしょうか。若い人の教育、特にアジアへの関心を若い人に持ってもらいたかったんじゃないかな。学生だけでなく社会人も参加していましたし、参加者は計400~500人になると思います。これだけの活動は普通の人にはできません。タイから電話をもらうこともよくありましたよ」
川嶋さんのタイでの活動への熱意は年賀状にも表れている。近しい人が生前に受け取っていた年賀状には、いつもタイでの活動報告や日々の小さな発見が綴られており、真ん中には色鮮やかなタイの風景や訪問先で見つけた動植物などのイラストが描かれていた。
川嶋家を知る人物は「優しい先生で穏やか。ボランティア活動もそうだけど若い人を応援したいという思いが強い方。書棚とたくさんの資料が雑然と積み重なった研究室を訪れると、いつも丁寧に紅茶を出してくれた」と振り返る。
「非常に丁寧でみんなに気を配ってくれる方でした。話題が豊富で、とにかく話がおもしろいんです。会話の中にユーモアがたくさん入るんですが、それが人を笑わせようとしたものではなくて、よく考えるとおもしろいという上品なユーモアなんです。それが一番印象に残っています」(前出・赤木氏)
「またたく星を満天に仰いでいる、そういう気持ち」
川嶋さんのユーモア溢れる人柄は、紀子さまのご結婚時にも発揮されていた。秋篠宮さまと紀子さまの婚約が皇室会議を経て可決され、1989年9月に報道陣から皇室に娘を送り出す親の心境を聞かれると、川嶋さんは「またたく星を満天に仰いでいる、そういう気持ちでしょうか」と表現した。
1990年に秋篠宮さまと紀子さまが「結婚の儀」を終えると、川嶋さん夫妻は、皇居・賢所前の特設テントで記者会見に臨んだ。十二単姿で儀式に臨まれた紀子さまについて「静かな水面に映えます、にじの七色にも似た一つのおごそかさと、それに重なるような美しさに、心の静かな動きと漂いを覚えたような気がいたします」とほっとした表情で感想を語っている。