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「眞子さんや佳子さまに対しては…」川嶋辰彦さんが生前に語っていた教育論とその実践《葬儀には小室圭・眞子夫妻も参列》

genre : ニュース, 社会

 11月4日11時55分、紀子さま(55)の父である学習院大学名誉教授の川嶋辰彦さんが81歳で亡くなった。先月19日に都内の病院に緊急入院しており、秋篠宮ご一家もお見舞いに訪れていた。29日には孫にあたる眞子さん(30)が、入籍した小室圭さん(30)とともに病院を訪れていた。

 6日夕方、東京都内にある川嶋さんの自宅で、家族葬が行われた。閑静な住宅街には報道陣約50人と近隣住民をあわせて80人ほどが集まり、秋篠宮ご一家と小室眞子さん夫妻の到着を見守った。

川嶋辰彦さんの葬儀にかけつけた小室圭さん、眞子さん夫妻 Ⓒ文藝春秋 撮影・細田忠

 15時30分すぎに小室圭さん、眞子さん夫妻が警備車両に誘導されながらタクシーでマンションの駐車場へ。眞子さんは喪服にパールのネックレスとイヤリングをつけ、窓の外に視線は送らなかった。

 それから15分ほどたった15時50分ごろ、秋篠宮ご夫妻が乗った車と、佳子さまと悠仁さまが乗った2台の車が到着。紀子さまはうつむきがちなご様子だった。

 約1時間後の17時頃、秋篠宮ご一家が集まった報道陣と沿道の住民に会釈をしつつマンションを後にした。小室圭さん、眞子さん夫妻がマンションを出たのは19時半。到着時同様に、警備車両に誘導されながらタクシーでその場を後にした。

川嶋辰彦さんの葬儀にかけつけた秋篠宮ご一家 Ⓒ文藝春秋 撮影・細田忠

「青年が大なり小なりの困難、失敗や逆境により意気消沈する経験は…」

 ユーモア溢れる人物として知られた川嶋辰彦さん。川嶋さんと30年来の交流がある大阪外国語大学名誉教授の赤木攻氏は「2、3カ月ほど前に電話で話をしました。非常にお元気でしたので訃報にはびっくりしています」と語る。

 川嶋さんは1973年から学習院大学経済学部で教鞭をとり、1997年からは「GONGOVA(ゴンゴバ)」と呼ばれる日本とタイの大学生を中心とした国際協力ボランティア活動の責任者として精力的に活動をはじめ、ボランティアの教育と実践を柱に20年以上にわたって継続的にボランティア活動を行ってきた。

 かつて川嶋さんは「GONGOVA」での体験を「私の『ボランティア』教育論」としてこう語っている。

「学生たちは通常の旅行では滅多に訪れることのない途上国の途上地域に赴き、地域固有の自然環境や社会事情に触れることで幅広い視野、創造的な感動を覚えます。そのような機会を私自身体験してみたい、日本の学生たちに体験させてあげたい。そんな思いが高まって、1973年、学習院大学に勤務するようになってから、そうした授業をカリキュラムの中に設けられないかと考え続けていました。(中略)青年が大なり小なりの困難、失敗や逆境により意気消沈する経験は、その状況を取り巻く環境の有り様次第で、次への跳躍を促すしっかりとした踏み台になるようです」(『文藝春秋』2009年7月号)