――イスラエル社会の特徴は、徴兵制度があって男女ともに兵役が義務付けられている点ですね。みなさんの体験を教えてください。
ヨアブ 私は8200部隊(サイバー諜報に長ける特殊部隊)に所属していましたが、軍隊での生活を楽しんでいましたよ。宿舎住まいではなく、自宅からの「通勤」でしたしね。本来ならば高校を卒業したばかりの若者に任されるとは思えないような責任のあるミッションがあり、周囲との協調によって得られる成果がありました。私は子どものころ日本やシンガポールに長期間住んでいましたから、入隊時には「典型的なイスラエルの少年」ではありませんでした。イスラエル流の生活に慣れる必要があったのですが、周囲の人には恵まれました。最初に6ヶ月間の訓練を一緒に受けた同期生100名ほどのうち、いまでも交流がある友人がたくさんいます。
アサフ 私も8200部隊にいましたから、ヨアブの経験と重なる部分が多いです。兵役での経験は、私の人生の中でももっとも重要な時間だったのではないかと思います。私は入隊する前はピアニストでしたから、テクニカルなバックグラウンドを持っていた同僚たちとは全然違ったんです。コンピュータのことなんか何も知らない状態からスタートした。そして、約半年間の講義を受けたのです。朝7時から真夜中0時まで勉強漬け。それも毎日です。そのコースが終わったときには立派なサイバーセキュリティの専門家になっていました。
部隊にいた3年間で身につけた知識は、世界中のどんな大学でも学べないと思います。イスラエルでは、この点が周知されていて、8200部隊出身者というだけで、ハーバード大学や東京大学など世界中の最高学府の学歴と同等以上の評価を受けることができます。就職面接でも最大の武器になるのです。
〈(8200部隊は)サイバー諜報活動を担うエリート集団であり、かの有名なモサド(イスラエル諜報特務庁)と並んで世界にその名を轟かせている。(中略)8200部隊の名を一躍有名にしたのは、10年、イランが極秘裏に進めてきたウラン濃縮装置が破壊された事件だろう〉
――『知立国家 イスラエル』第3章 世界最強 イスラエル軍の超エリート教育
階級的に低いランクでも、専門家として幹部会議に出席
――日本人の感覚からすると、軍隊には規律があり、官僚的であり、上下関係がはっきりした組織であると想像してしまいますが、ヨアブさんの話を聞いているとイメージとは違います。
ヨアブ それには両面がありますね。個人として、職業人としては、構成員には「仕事をするためにいる」という意識がありますから、その遂行のために自由な発想が求められていて、ボトムアップの組織体系が望ましいのです。ただ、8200部隊も官僚システムの一部であることは間違いありません。私たちには時おり警備の任務が与えられており、他に重要なインテリジェンス業務があっても、警備を優先しなければいけませんでした。軍隊である以上、上官からの命令に背けば当然その報いを受けることにもなる。
アサフ インテリジェンスを主要な任務とする8200部隊は、前線で戦う実戦部隊とは違って、なによりも頭脳を重視しています。私は階級的にはもっとも低いランクにいましたが、特定の分野ではナンバー1の専門家でした。したがって、将軍のような幹部とも会議で同席することを許されていたのです。私の意見が採用されることもありましたし、私の決定は尊重される環境がありました。
「センパイ」を重んじる日本の文化とは違いますね。私の部隊には、日本の自衛隊や警察からもサイバーセキュリティの担当者が出向していました。とても統率が取れていて、上下関係がハッキリしていると感じました。
ニール ただ、二人がいた8200部隊は、イスラエル軍全体では一般的ではないと思います。私は軍楽隊にいて、「アーミーバンド」の隊長を務めていました。「レバノン国境でも、シリア国境でも、いつも同じように演奏する必要があるんだ」と口を酸っぱくして厳しく接していたので、隊員からは嫌われていたでしょうね。
――8200部隊は高校卒業時に上位1%から選抜が行われると聞いています。どのような基準なのでしょうか。
アサフ 入隊の2年ほど前から選抜が始まります。IQや心理テストなどのスクリーニングを受け、リーダーシップや愛国心などもチェックされます。特定の部隊に「応募」することはできません。あくまでも彼らが「見つける」のです。
ニール 地方の学生には「時間」があるので、選抜される可能性が高いのではないかと思います。テルアビブのような都会と違って、映画館もない、ディスコもないような環境では、コンピュータとインターネットこそが没入できる世界なのです。